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午前1時をまわっているのに、眠れそうにない。
水割りを片手にホテルの窓から眼下に広がるマニラ湾の夜景を眺める。海は黒くけぶっている。大粒の雨が降っているようだ。稲光が時折海上を走る。その度に沖を行く船影が照らし出される。
その情景に不安な心が重なる。意を決して携帯電話のボタンを押す。
「ハ~イ、隆志かい、起きてたかい?」
「起きつるよ。なんだ、ジイジか。コーラだと思ったのにい」
「夜遅く、すまん。コーラでなくて、すまん」
「すまんの安売りはいいからさ。どうしたとよ?」
「クリスのことが心配で眠れないんだ。というか、このところ、ずっとクリスのことが心にひっかかているんよ。今日のひどい落ちこみもそれが原因のようだ。明日の昼、パシフィックの雅(みやび)に、コーラさんを呼び出してもらえないかな」
「いいっすよ。今、コーラにオヤスミコールをかけようと思ってたんよ。何時にする?」
「そうだな、じゃあ、午後1時ジャスト。恩にきるよ」
「あいよ」
雑然としたマビニから一本隔たったアドリアティコの通りに入ると、雰囲気ががらりと変わる。観光客に声をかけてくる怪しげな男達も路上生活者の姿もほとんど見当たらない。庶民の日常生活の落ち着きが感じられるようになる。
「雅」は、アドリアティコのパン・パシフィックホテル3階にある日本食レストラン。エスカレーターに乗り、暖簾の掛かった日本風のつくりの入り口を入ると、天井の高い空間が広がっている。日本人の客がチラホラ。それよりも、経済的にゆとりのある中国系フィリピン人の客が目立つ。照明を落として落ち着いた雰囲気を醸し出している。
午後1時。隆志と連れ立って、お店の中を見回す。目立つようにコーラが入口に近い席に腰をおろしていた。身じろぎせず、テーブルの一点をじっと見つめている。その俯いた青白い端正な顔を見て、問題が深刻であることが伝わってくる。
3人分のランチを手早く注文。すぐ本題に入った。
「コーラさん、クリスの身に振りかかっている問題って、何ですか。ずっと気になって仕方ないんです。そのせいか、最近はよく眠れないんです」
「あら、あたしも同じ。睡眠不足ですのよ。ダーリンが支えてくれるので、心が折れないで持っていられるようなものなの」
「ダーリンって、ひょっとしてその隣りの男のこと? あれ、また、ぎょうさん御馳走様です。ダーリンはコーラさんのお役に立つのが生きがいなんです。コーラさんはやっと掴んだ希望の星なんですから」
「あら、うれしいわ。ダーリン、あなたもあたしの生きがいよ」
「てへへ。照れるにゃあ。あっしのことは良いからさ。コーラ、ジイジの心労、大変なものみたいなんだ。そのせいで今朝もジイジのジュニアが元気がなくしょんぼりしていたそうだよ」
「おい、ターリン。じゃなくて、ダーリン。余計なことは言うな。お前さんだって、使い過ぎて元気がないんだろ」
「そんなことはないわい。今朝だって、ビーンビーンよ。な、コーラ」
「あたし、知らない」
顔を赤くする。眉を寄せて困った顔をする。その表情がなんとも可愛らしい。
「コーラさん、で、クリスの問題の詳しいこと、教えてください」
コーラの顔が引き締まる。
「恥ずかしくて言いたくないんです。けど・・、けど・・、そんなこと言っていられないわよね。あたし、どうしたらいいか、わからないの」
「どんなことでも相談してください。できる限りのことはします。なんたって、クリスは、私の血の繋がっている可愛い孫なんです」
「近所の素行不良の少女が私にたれ込んできたの。クリスが援助交際をしているって」
「・・・・・」
「それどころか、美人局的なことにも巻き込まれているって」
「・・・・・」
「その子、クリスと喧嘩をしたらしくて、クリスに腹を立て困らせようとして私に告げ口してきたみたいなの」
「援助交際・・、美人局・・ ですか。まずい。そいつはまずい。極度にまずい」
「でも、その子、同時に心配もしているみたいなの。クリスは大胆なところがあるけど、軽はずみな行動などしない子。私が注意しても自分が納得しなければ素直に言うことをきくような子じゃないわ。もちろん、姉にも何も話してないの。話せないわ」
「すぐにやめさせなければいけない」
「そうですわ」
胸が絞めつけられ、キリキリと胃が痛み始めた。
私の血を分けた孫がお金のために身体を売っている。
まだ会ったことのない孫。現実感は薄い。オヤジ共に陵辱され耐えている姿が像としてはっきりとは結びはしない。が、やりきれない思いが、圧倒的な存在感を持って心を占有し蝕み始めていた。
めまいがした。クリスに会いたい。一刻も早く会いたい。会わなければならない。止めさせねばならない。強い感情が大きな波となって押し寄せてくる。
「おじいさん、クリスをだらしない子と思わないでください。あの子はあの子なりに考えていたんですわ。母親が倒れてから私一人が一家の台所を支えている状況を何とかしようと焦っていたみたいなの。自立心の強い、頭の良い子なのよ」
「早く会って話してみたい。でも、いきなり出て行って話をしても、混乱し反感を持たれる可能性が高いな。あなたが言っても聞かないのなら、知らない人同然の私がおじいさん面して言っても聞くわけがないですよね。何か良い方法を考え出さなければならない。まず、今、どんな状況に置かれているか、事態を正確に掌握する必要がありますね」
「友達のローナという子に知っている限りのことは聞き出しておきました。援助交際を始めたのはローナの方が先だったようです。怖かったけれども、どうしても欲しい服や靴があったのだそうです。仲間が欲しかったのでクリスを誘ったとのこと。でも、そのうちクリスの方が積極的になって、どんどんのめりこんでいき、ついていけなくなったそうです」
「どこで客とコンタクトしているか、わかりますか?」
「ファウラの『ナイト・ピクニック』というお店か、アドリアティコの『エレクション』というディスコだそうよ。行ったことはないけれど、名前は聞いたことはあります」
「ジャコ、そのお店、知ってる?」
「『ナイト・ピクニック』は知ってるよ。バンドが入っていて踊れるレストランバーだな。なんと言っても。観光客とフリーの売春婦が夜な夜な集まってくるお店。形の上では自由恋愛。飲食にきた客同士が酒を飲み踊りながら交渉して、カップルとなって出て行くお店と言っていいかな。どことなく怪しく危険な匂いが立ちこめている。お店に入ると肌で感じるな。男はほとんどが外国人。その筋では有名なお店でっせ。ディスコの方は知らないな」
「コーラさん、私のこと、クリスに話してありますか」
「いいえ、まだ何も」
「では、当分の間、私、日本のおじいさんがマニラに来ていることを内緒にしておいてください。一案が湧いてきたんです」
「わかりました。私からは何も言いません」
「ジャコ、今夜、その『ナイト・ピクニック』というお店に行ってみたい。つきあってくれないかい」
「悪い。今夜は駄目。コーラの娘、ジーナのバースデイ・パ―ティーをやるんだ。コーラもお仕事、お休みにした。クリスも出る予定だよ。ジイジも来るかい?」
「すごく行きたいけれど、我慢する。まだ、クリスに会わない方がいいような気がするんだ」
「わかった。明日は、コーラとジーナと一緒にカビテのビーチにお泊まりで出かけることになっている。ジイジ、『ナイト・ピクニック』、それ以降なら、喜んでつきあうぜ。世間知らずのジイジ一人では行かせられないものな。夜遊びに関しては幼稚園児同然なんだから。保護者としてついて行くってことよ。コーラも一緒に行く?」
「私、お仕事。行けないわ。それに、私の姿を見ると、クリス、逃げちゃうわよ。お二人で行って。隆志、ジイジを助けてあげてね」
「はい、コーラ女王様。おっしゃる通りにいたします」
「何よ、それ。ちょっと変よ。でも、愛してるわ、私のダーリン」
「僕もだよ、ハニー」
「お~い、お二人。ジイジのいること、忘れていないかい。汗が噴き出してきた。暑いなあ。冷房、入っているんだよな。フゥ~」
家に帰ってバースデイ・パ―ティーの用意をするというコーラと、ホテルを出たところで別れ、ジイジは隆志とロビンソンデパートの「スターバックス」でコーヒーを飲む。広く明るい店内は8分通り若者達で混みあっている。何時もの軽口モードで馬鹿を言いあっていると、気分も次第にほぐれてくる。
その合間合間に、隆志はお店の外に出て盛んに電話をしている。
「隆志、どこに電話しているんよ? まさか、昔の女じゃないだろうな」
「いや、それが、そのまさかなんだ」
「おい、おい、おい。懲りないやっちゃ。コーラさんに捨てられてもしんないよ」
「何だ。そんな言い草はないだろ。ジイジのために、一生懸命、情報収集してやっていたのによ」
「そうなんか。早とちりして、ごめん」
「昔、入れ込んで結婚寸前までいった女なんだ。その女、『ナイト・ピクニック』によく出入りしていたのを思い出してよ。電話してみたんだ。ラッキーやった。電話、繋がった」
「隆志。お前さん、頼りになるやっちゃ。男の中の男だ。昨日、あんなにやつれていたのに、今朝もまた闘魂注入したんだって。尊敬に値する。男じゃなきゃ、できない!」
「掌を返すように、バレバレのおべっか使うな。ちいともうれしくない。馬鹿にしているんやろ」
「ちいとだけな」
「だがな。あっし自身、不思議なんよ。コーラの身体に触れると、俄然、闘魂が湧き出てくる。コーラは催淫作用のある魔法の肉体の持ち主よ。触るとたちまち意気消沈していた息子に力がみなぎり、ムクムクと立ち上がるんだ」
「コーラさん、バイアグラの化身かもな」
「おい、おい、コーラの穢れなき神秘の力とバイアグラの不純な薬効を同列に扱うな」
「そうきたか」
「でもよ。今朝はさすがに意志通りに運ばないんよ。なんとか入れてはみた。けどよ。中折れという悲惨な展開にあいなってしまった。中折れなんて言葉、余の辞書にはなかったのにな」
「ざまあみろ。勃起不全と闘っている凡人の気持ち、少しはわかったか」
「バ~カ。そのままは終わらせしないさ。あっしを誰だと思っている。申し訳なくってよ。代りに濃厚なキッスのサービスよ。コーラの唾液と愛液、1時間くらい、サンミゲール3本分は啜ったかな。コーラも、よがってよがってよ。ジーナが起き出さないか、心配になったほどよ」
「あいあい、ごくろうさん。愛液って、塩味で臭みがあるんだろ」
「コーラのものはほんのり薄味で美味しいんだ。なんとも言えない独特の香りがする。それはそれで充実した時間だったんよ。どうだい。今朝の肌艶、一段といいだろ。たっぷり女性ホルモンいただいたもんね」
「あいあい、ごちそうさん。開いた口が塞がらないってことよ」
「ジイジ、ついでに、その開いた口で女性ホルモンを啜るよう努力しな。定期的に女性ホルモンは吸収しなきゃあ、肌ががさつくわ。思考力も衰えるわ。すぐに爺になってしまうぜ」
「なんかこのところ、肌の潤いも心の潤いもないんだよな。そうか、そのせいもあるか」
「あっしのこの肌艶を手に入れるのは無理だろうけど、せいぜい、頑張んな」
「本当に隆志はすごい! 前頭部の色艶なんか、最高だもんな。テカっている。なんだか一段と広くなったみたいだな。スケベ人間には禿が多いって、本当だ」
「糞ジジイ! あっしの一番気にしていること、ぺラぺラ、楽しそうに話すな。ジイジもサディストじゃないか」
「ざまあみろ」
「ふん。立たないくせに。勃起不全と禿と、どっちを取るかって、アンケートとってみろ。当然、禿だろ」
「だよな。クッ~」
「そいでよ。その女、クリスのことは知らないって。でも、『ナイト・ピクニック』にたむろっている十代の女の子の一人を紹介してくれた。その子は仲間うちの姉御的存在なんだそうだ。その子に聞けばわかるんじゃないかって」
「そうか。問題解決に向けて一歩前進やな」
「そういうこと。感謝しろよ」
「あいあい、感謝感激、アメアラレ~、神様、仏様、隆志様で~す」
「そいでよ。これから、二人でキアポにいくぞ。紹介してくれたアイアンという子に会いに行く。昼はキアポの『エクスタシー』というお店でヌード・ダンサーをしているんだそうだ」
「ジャコ、なんだか妙にはりきってるな」
「おうよ。たまにはコーラ以外の肉体も鑑賞してみたい気もするんだ」
「コーラさんと朝、たっぷりやったばかりなんだろ。お前のその際限のない性衝動、どうなっているんだ。脳の中を切り刻んで見てやりたい。やっぱりコーラさんを裏切っている」
「ジイジはすぐいい子ぶる。そんなことないって。その昔の女によ。今晩、誘われたけどよ。きっぱり断った。『あっし、結婚することになった。だから、遊べない』と言ったら、残念がっていた。あっし、結構、もてるんだな」
「ば~か。お前じゃなく、ゼニッコがもてるんだ」
「いいからよう、さあさあ、裸のネエチャンを見にいこ、見にいこ。だが、あっしはさすがに食傷気味だ。今日の主役はジイジやで。これから、ジイジの一念勃起の実践編。添い寝女獲得プロジェクトの発動や。ジイジ、しばらく、脳と心を、いい子ちゃんモードからエロエロモードに切り替えろよ。女性を素直に自然体で受け入れる準備を整えておけ。魚心がなければ水心もないんだろ。チャンスは思わぬ方向からいきなり転がってくるものさ。それをつかみとれるかどうかは心がけ次第。幸運の女神には後ろ髪がないなんて、教師面して教えてたんだろ」
「確かにい。本当に、お前はカンだけはいい」
午前1時をまわっているのに、眠れそうにない。
水割りを片手にホテルの窓から眼下に広がるマニラ湾の夜景を眺める。海は黒くけぶっている。大粒の雨が降っているようだ。稲光が時折海上を走る。その度に沖を行く船影が照らし出される。
その情景に不安な心が重なる。意を決して携帯電話のボタンを押す。
「ハ~イ、隆志かい、起きてたかい?」
「起きつるよ。なんだ、ジイジか。コーラだと思ったのにい」
「夜遅く、すまん。コーラでなくて、すまん」
「すまんの安売りはいいからさ。どうしたとよ?」
「クリスのことが心配で眠れないんだ。というか、このところ、ずっとクリスのことが心にひっかかているんよ。今日のひどい落ちこみもそれが原因のようだ。明日の昼、パシフィックの雅(みやび)に、コーラさんを呼び出してもらえないかな」
「いいっすよ。今、コーラにオヤスミコールをかけようと思ってたんよ。何時にする?」
「そうだな、じゃあ、午後1時ジャスト。恩にきるよ」
「あいよ」
雑然としたマビニから一本隔たったアドリアティコの通りに入ると、雰囲気ががらりと変わる。観光客に声をかけてくる怪しげな男達も路上生活者の姿もほとんど見当たらない。庶民の日常生活の落ち着きが感じられるようになる。
「雅」は、アドリアティコのパン・パシフィックホテル3階にある日本食レストラン。エスカレーターに乗り、暖簾の掛かった日本風のつくりの入り口を入ると、天井の高い空間が広がっている。日本人の客がチラホラ。それよりも、経済的にゆとりのある中国系フィリピン人の客が目立つ。照明を落として落ち着いた雰囲気を醸し出している。
午後1時。隆志と連れ立って、お店の中を見回す。目立つようにコーラが入口に近い席に腰をおろしていた。身じろぎせず、テーブルの一点をじっと見つめている。その俯いた青白い端正な顔を見て、問題が深刻であることが伝わってくる。
3人分のランチを手早く注文。すぐ本題に入った。
「コーラさん、クリスの身に振りかかっている問題って、何ですか。ずっと気になって仕方ないんです。そのせいか、最近はよく眠れないんです」
「あら、あたしも同じ。睡眠不足ですのよ。ダーリンが支えてくれるので、心が折れないで持っていられるようなものなの」
「ダーリンって、ひょっとしてその隣りの男のこと? あれ、また、ぎょうさん御馳走様です。ダーリンはコーラさんのお役に立つのが生きがいなんです。コーラさんはやっと掴んだ希望の星なんですから」
「あら、うれしいわ。ダーリン、あなたもあたしの生きがいよ」
「てへへ。照れるにゃあ。あっしのことは良いからさ。コーラ、ジイジの心労、大変なものみたいなんだ。そのせいで今朝もジイジのジュニアが元気がなくしょんぼりしていたそうだよ」
「おい、ターリン。じゃなくて、ダーリン。余計なことは言うな。お前さんだって、使い過ぎて元気がないんだろ」
「そんなことはないわい。今朝だって、ビーンビーンよ。な、コーラ」
「あたし、知らない」
顔を赤くする。眉を寄せて困った顔をする。その表情がなんとも可愛らしい。
「コーラさん、で、クリスの問題の詳しいこと、教えてください」
コーラの顔が引き締まる。
「恥ずかしくて言いたくないんです。けど・・、けど・・、そんなこと言っていられないわよね。あたし、どうしたらいいか、わからないの」
「どんなことでも相談してください。できる限りのことはします。なんたって、クリスは、私の血の繋がっている可愛い孫なんです」
「近所の素行不良の少女が私にたれ込んできたの。クリスが援助交際をしているって」
「・・・・・」
「それどころか、美人局的なことにも巻き込まれているって」
「・・・・・」
「その子、クリスと喧嘩をしたらしくて、クリスに腹を立て困らせようとして私に告げ口してきたみたいなの」
「援助交際・・、美人局・・ ですか。まずい。そいつはまずい。極度にまずい」
「でも、その子、同時に心配もしているみたいなの。クリスは大胆なところがあるけど、軽はずみな行動などしない子。私が注意しても自分が納得しなければ素直に言うことをきくような子じゃないわ。もちろん、姉にも何も話してないの。話せないわ」
「すぐにやめさせなければいけない」
「そうですわ」
胸が絞めつけられ、キリキリと胃が痛み始めた。
私の血を分けた孫がお金のために身体を売っている。
まだ会ったことのない孫。現実感は薄い。オヤジ共に陵辱され耐えている姿が像としてはっきりとは結びはしない。が、やりきれない思いが、圧倒的な存在感を持って心を占有し蝕み始めていた。
めまいがした。クリスに会いたい。一刻も早く会いたい。会わなければならない。止めさせねばならない。強い感情が大きな波となって押し寄せてくる。
「おじいさん、クリスをだらしない子と思わないでください。あの子はあの子なりに考えていたんですわ。母親が倒れてから私一人が一家の台所を支えている状況を何とかしようと焦っていたみたいなの。自立心の強い、頭の良い子なのよ」
「早く会って話してみたい。でも、いきなり出て行って話をしても、混乱し反感を持たれる可能性が高いな。あなたが言っても聞かないのなら、知らない人同然の私がおじいさん面して言っても聞くわけがないですよね。何か良い方法を考え出さなければならない。まず、今、どんな状況に置かれているか、事態を正確に掌握する必要がありますね」
「友達のローナという子に知っている限りのことは聞き出しておきました。援助交際を始めたのはローナの方が先だったようです。怖かったけれども、どうしても欲しい服や靴があったのだそうです。仲間が欲しかったのでクリスを誘ったとのこと。でも、そのうちクリスの方が積極的になって、どんどんのめりこんでいき、ついていけなくなったそうです」
「どこで客とコンタクトしているか、わかりますか?」
「ファウラの『ナイト・ピクニック』というお店か、アドリアティコの『エレクション』というディスコだそうよ。行ったことはないけれど、名前は聞いたことはあります」
「ジャコ、そのお店、知ってる?」
「『ナイト・ピクニック』は知ってるよ。バンドが入っていて踊れるレストランバーだな。なんと言っても。観光客とフリーの売春婦が夜な夜な集まってくるお店。形の上では自由恋愛。飲食にきた客同士が酒を飲み踊りながら交渉して、カップルとなって出て行くお店と言っていいかな。どことなく怪しく危険な匂いが立ちこめている。お店に入ると肌で感じるな。男はほとんどが外国人。その筋では有名なお店でっせ。ディスコの方は知らないな」
「コーラさん、私のこと、クリスに話してありますか」
「いいえ、まだ何も」
「では、当分の間、私、日本のおじいさんがマニラに来ていることを内緒にしておいてください。一案が湧いてきたんです」
「わかりました。私からは何も言いません」
「ジャコ、今夜、その『ナイト・ピクニック』というお店に行ってみたい。つきあってくれないかい」
「悪い。今夜は駄目。コーラの娘、ジーナのバースデイ・パ―ティーをやるんだ。コーラもお仕事、お休みにした。クリスも出る予定だよ。ジイジも来るかい?」
「すごく行きたいけれど、我慢する。まだ、クリスに会わない方がいいような気がするんだ」
「わかった。明日は、コーラとジーナと一緒にカビテのビーチにお泊まりで出かけることになっている。ジイジ、『ナイト・ピクニック』、それ以降なら、喜んでつきあうぜ。世間知らずのジイジ一人では行かせられないものな。夜遊びに関しては幼稚園児同然なんだから。保護者としてついて行くってことよ。コーラも一緒に行く?」
「私、お仕事。行けないわ。それに、私の姿を見ると、クリス、逃げちゃうわよ。お二人で行って。隆志、ジイジを助けてあげてね」
「はい、コーラ女王様。おっしゃる通りにいたします」
「何よ、それ。ちょっと変よ。でも、愛してるわ、私のダーリン」
「僕もだよ、ハニー」
「お~い、お二人。ジイジのいること、忘れていないかい。汗が噴き出してきた。暑いなあ。冷房、入っているんだよな。フゥ~」
家に帰ってバースデイ・パ―ティーの用意をするというコーラと、ホテルを出たところで別れ、ジイジは隆志とロビンソンデパートの「スターバックス」でコーヒーを飲む。広く明るい店内は8分通り若者達で混みあっている。何時もの軽口モードで馬鹿を言いあっていると、気分も次第にほぐれてくる。
その合間合間に、隆志はお店の外に出て盛んに電話をしている。
「隆志、どこに電話しているんよ? まさか、昔の女じゃないだろうな」
「いや、それが、そのまさかなんだ」
「おい、おい、おい。懲りないやっちゃ。コーラさんに捨てられてもしんないよ」
「何だ。そんな言い草はないだろ。ジイジのために、一生懸命、情報収集してやっていたのによ」
「そうなんか。早とちりして、ごめん」
「昔、入れ込んで結婚寸前までいった女なんだ。その女、『ナイト・ピクニック』によく出入りしていたのを思い出してよ。電話してみたんだ。ラッキーやった。電話、繋がった」
「隆志。お前さん、頼りになるやっちゃ。男の中の男だ。昨日、あんなにやつれていたのに、今朝もまた闘魂注入したんだって。尊敬に値する。男じゃなきゃ、できない!」
「掌を返すように、バレバレのおべっか使うな。ちいともうれしくない。馬鹿にしているんやろ」
「ちいとだけな」
「だがな。あっし自身、不思議なんよ。コーラの身体に触れると、俄然、闘魂が湧き出てくる。コーラは催淫作用のある魔法の肉体の持ち主よ。触るとたちまち意気消沈していた息子に力がみなぎり、ムクムクと立ち上がるんだ」
「コーラさん、バイアグラの化身かもな」
「おい、おい、コーラの穢れなき神秘の力とバイアグラの不純な薬効を同列に扱うな」
「そうきたか」
「でもよ。今朝はさすがに意志通りに運ばないんよ。なんとか入れてはみた。けどよ。中折れという悲惨な展開にあいなってしまった。中折れなんて言葉、余の辞書にはなかったのにな」
「ざまあみろ。勃起不全と闘っている凡人の気持ち、少しはわかったか」
「バ~カ。そのままは終わらせしないさ。あっしを誰だと思っている。申し訳なくってよ。代りに濃厚なキッスのサービスよ。コーラの唾液と愛液、1時間くらい、サンミゲール3本分は啜ったかな。コーラも、よがってよがってよ。ジーナが起き出さないか、心配になったほどよ」
「あいあい、ごくろうさん。愛液って、塩味で臭みがあるんだろ」
「コーラのものはほんのり薄味で美味しいんだ。なんとも言えない独特の香りがする。それはそれで充実した時間だったんよ。どうだい。今朝の肌艶、一段といいだろ。たっぷり女性ホルモンいただいたもんね」
「あいあい、ごちそうさん。開いた口が塞がらないってことよ」
「ジイジ、ついでに、その開いた口で女性ホルモンを啜るよう努力しな。定期的に女性ホルモンは吸収しなきゃあ、肌ががさつくわ。思考力も衰えるわ。すぐに爺になってしまうぜ」
「なんかこのところ、肌の潤いも心の潤いもないんだよな。そうか、そのせいもあるか」
「あっしのこの肌艶を手に入れるのは無理だろうけど、せいぜい、頑張んな」
「本当に隆志はすごい! 前頭部の色艶なんか、最高だもんな。テカっている。なんだか一段と広くなったみたいだな。スケベ人間には禿が多いって、本当だ」
「糞ジジイ! あっしの一番気にしていること、ぺラぺラ、楽しそうに話すな。ジイジもサディストじゃないか」
「ざまあみろ」
「ふん。立たないくせに。勃起不全と禿と、どっちを取るかって、アンケートとってみろ。当然、禿だろ」
「だよな。クッ~」
「そいでよ。その女、クリスのことは知らないって。でも、『ナイト・ピクニック』にたむろっている十代の女の子の一人を紹介してくれた。その子は仲間うちの姉御的存在なんだそうだ。その子に聞けばわかるんじゃないかって」
「そうか。問題解決に向けて一歩前進やな」
「そういうこと。感謝しろよ」
「あいあい、感謝感激、アメアラレ~、神様、仏様、隆志様で~す」
「そいでよ。これから、二人でキアポにいくぞ。紹介してくれたアイアンという子に会いに行く。昼はキアポの『エクスタシー』というお店でヌード・ダンサーをしているんだそうだ」
「ジャコ、なんだか妙にはりきってるな」
「おうよ。たまにはコーラ以外の肉体も鑑賞してみたい気もするんだ」
「コーラさんと朝、たっぷりやったばかりなんだろ。お前のその際限のない性衝動、どうなっているんだ。脳の中を切り刻んで見てやりたい。やっぱりコーラさんを裏切っている」
「ジイジはすぐいい子ぶる。そんなことないって。その昔の女によ。今晩、誘われたけどよ。きっぱり断った。『あっし、結婚することになった。だから、遊べない』と言ったら、残念がっていた。あっし、結構、もてるんだな」
「ば~か。お前じゃなく、ゼニッコがもてるんだ」
「いいからよう、さあさあ、裸のネエチャンを見にいこ、見にいこ。だが、あっしはさすがに食傷気味だ。今日の主役はジイジやで。これから、ジイジの一念勃起の実践編。添い寝女獲得プロジェクトの発動や。ジイジ、しばらく、脳と心を、いい子ちゃんモードからエロエロモードに切り替えろよ。女性を素直に自然体で受け入れる準備を整えておけ。魚心がなければ水心もないんだろ。チャンスは思わぬ方向からいきなり転がってくるものさ。それをつかみとれるかどうかは心がけ次第。幸運の女神には後ろ髪がないなんて、教師面して教えてたんだろ」
「確かにい。本当に、お前はカンだけはいい」
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by tsado16
| 2013-06-25 10:10
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