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エロいけれども、真面目だよ。


by tsado16

賭け(その1)

           ・・・・・・・・★1・・・・・・・・
午前1時をまわっているのに、眠れそうにない。
水割りを片手にホテルの窓から眼下に広がるマニラ湾の夜景を眺める。海は黒くけぶっている。大粒の雨が降っているようだ。稲光が時折海上を走る。その度に沖を行く船影が照らし出される。
その情景に不安な心が重なる。意を決して携帯電話のボタンを押す。

「ハ~イ、隆志かい、起きてたかい?」
「起きつるよ。なんだ、ジイジか。コーラだと思ったのにい」 
「夜遅く、すまん。コーラでなくて、すまん」
「すまんの安売りはいいからさ。どうしたとよ?」
「クリスのことが心配で眠れないんだ。というか、このところ、ずっとクリスのことが心にひっかかているんよ。今日のひどい落ちこみもそれが原因のようだ。明日の昼、パシフィックの雅(みやび)に、コーラさんを呼び出してもらえないかな」
「いいっすよ。今、コーラにオヤスミコールをかけようと思ってたんよ。何時にする?」
「そうだな、じゃあ、午後1時ジャスト。恩にきるよ」
「あいよ」


雑然としたマビニから一本隔たったアドリアティコの通りに入ると、雰囲気ががらりと変わる。観光客に声をかけてくる怪しげな男達も路上生活者の姿もほとんど見当たらない。庶民の日常生活の落ち着きが感じられるようになる。
「雅」は、アドリアティコのパン・パシフィックホテル3階にある日本食レストラン。エスカレーターに乗り、暖簾の掛かった日本風のつくりの入り口を入ると、天井の高い空間が広がっている。日本人の客がチラホラ。それよりも、経済的にゆとりのある中国系フィリピン人の客が目立つ。照明を落として落ち着いた雰囲気を醸し出している。
午後1時。隆志と連れ立って、お店の中を見回す。目立つようにコーラが入口に近い席に腰をおろしていた。身じろぎせず、テーブルの一点をじっと見つめている。その俯いた青白い端正な顔を見て、問題が深刻であることが伝わってくる。

3人分のランチを手早く注文。すぐ本題に入った。
「コーラさん、クリスの身に振りかかっている問題って、何ですか。ずっと気になって仕方ないんです。そのせいか、最近はよく眠れないんです」
「あら、あたしも同じ。睡眠不足ですのよ。ダーリンが支えてくれるので、心が折れないで持っていられるようなものなの」
「ダーリンって、ひょっとしてその隣りの男のこと? あれ、また、ぎょうさん御馳走様です。ダーリンはコーラさんのお役に立つのが生きがいなんです。コーラさんはやっと掴んだ希望の星なんですから」
「あら、うれしいわ。ダーリン、あなたもあたしの生きがいよ」
「てへへ。照れるにゃあ。あっしのことは良いからさ。コーラ、ジイジの心労、大変なものみたいなんだ。そのせいで今朝もジイジのジュニアが元気がなくしょんぼりしていたそうだよ」
「おい、ターリン。じゃなくて、ダーリン。余計なことは言うな。お前さんだって、使い過ぎて元気がないんだろ」
「そんなことはないわい。今朝だって、ビーンビーンよ。な、コーラ」
「あたし、知らない」
顔を赤くする。眉を寄せて困った顔をする。その表情がなんとも可愛らしい。

「コーラさん、で、クリスの問題の詳しいこと、教えてください」
コーラの顔が引き締まる。
「恥ずかしくて言いたくないんです。けど・・、けど・・、そんなこと言っていられないわよね。あたし、どうしたらいいか、わからないの」
「どんなことでも相談してください。できる限りのことはします。なんたって、クリスは、私の血の繋がっている可愛い孫なんです」
「近所の素行不良の少女が私にたれ込んできたの。クリスが援助交際をしているって」
「・・・・・」
「それどころか、美人局的なことにも巻き込まれているって」
「・・・・・」
「その子、クリスと喧嘩をしたらしくて、クリスに腹を立て困らせようとして私に告げ口してきたみたいなの」
「援助交際・・、美人局・・ ですか。まずい。そいつはまずい。極度にまずい」
「でも、その子、同時に心配もしているみたいなの。クリスは大胆なところがあるけど、軽はずみな行動などしない子。私が注意しても自分が納得しなければ素直に言うことをきくような子じゃないわ。もちろん、姉にも何も話してないの。話せないわ」
「すぐにやめさせなければいけない」
「そうですわ」

胸が絞めつけられ、キリキリと胃が痛み始めた。
私の血を分けた孫がお金のために身体を売っている。
まだ会ったことのない孫。現実感は薄い。オヤジ共に陵辱され耐えている姿が像としてはっきりとは結びはしない。が、やりきれない思いが、圧倒的な存在感を持って心を占有し蝕み始めていた。
めまいがした。クリスに会いたい。一刻も早く会いたい。会わなければならない。止めさせねばならない。強い感情が大きな波となって押し寄せてくる。

「おじいさん、クリスをだらしない子と思わないでください。あの子はあの子なりに考えていたんですわ。母親が倒れてから私一人が一家の台所を支えている状況を何とかしようと焦っていたみたいなの。自立心の強い、頭の良い子なのよ」
「早く会って話してみたい。でも、いきなり出て行って話をしても、混乱し反感を持たれる可能性が高いな。あなたが言っても聞かないのなら、知らない人同然の私がおじいさん面して言っても聞くわけがないですよね。何か良い方法を考え出さなければならない。まず、今、どんな状況に置かれているか、事態を正確に掌握する必要がありますね」
「友達のローナという子に知っている限りのことは聞き出しておきました。援助交際を始めたのはローナの方が先だったようです。怖かったけれども、どうしても欲しい服や靴があったのだそうです。仲間が欲しかったのでクリスを誘ったとのこと。でも、そのうちクリスの方が積極的になって、どんどんのめりこんでいき、ついていけなくなったそうです」
「どこで客とコンタクトしているか、わかりますか?」
「ファウラの『ナイト・ピクニック』というお店か、アドリアティコの『エレクション』というディスコだそうよ。行ったことはないけれど、名前は聞いたことはあります」
「ジャコ、そのお店、知ってる?」
「『ナイト・ピクニック』は知ってるよ。バンドが入っていて踊れるレストランバーだな。なんと言っても。観光客とフリーの売春婦が夜な夜な集まってくるお店。形の上では自由恋愛。飲食にきた客同士が酒を飲み踊りながら交渉して、カップルとなって出て行くお店と言っていいかな。どことなく怪しく危険な匂いが立ちこめている。お店に入ると肌で感じるな。男はほとんどが外国人。その筋では有名なお店でっせ。ディスコの方は知らないな」
「コーラさん、私のこと、クリスに話してありますか」
「いいえ、まだ何も」
「では、当分の間、私、日本のおじいさんがマニラに来ていることを内緒にしておいてください。一案が湧いてきたんです」
「わかりました。私からは何も言いません」
「ジャコ、今夜、その『ナイト・ピクニック』というお店に行ってみたい。つきあってくれないかい」
「悪い。今夜は駄目。コーラの娘、ジーナのバースデイ・パ―ティーをやるんだ。コーラもお仕事、お休みにした。クリスも出る予定だよ。ジイジも来るかい?」
「すごく行きたいけれど、我慢する。まだ、クリスに会わない方がいいような気がするんだ」
「わかった。明日は、コーラとジーナと一緒にカビテのビーチにお泊まりで出かけることになっている。ジイジ、『ナイト・ピクニック』、それ以降なら、喜んでつきあうぜ。世間知らずのジイジ一人では行かせられないものな。夜遊びに関しては幼稚園児同然なんだから。保護者としてついて行くってことよ。コーラも一緒に行く?」
「私、お仕事。行けないわ。それに、私の姿を見ると、クリス、逃げちゃうわよ。お二人で行って。隆志、ジイジを助けてあげてね」
「はい、コーラ女王様。おっしゃる通りにいたします」
「何よ、それ。ちょっと変よ。でも、愛してるわ、私のダーリン」
「僕もだよ、ハニー」
「お~い、お二人。ジイジのいること、忘れていないかい。汗が噴き出してきた。暑いなあ。冷房、入っているんだよな。フゥ~」


家に帰ってバースデイ・パ―ティーの用意をするというコーラと、ホテルを出たところで別れ、ジイジは隆志とロビンソンデパートの「スターバックス」でコーヒーを飲む。広く明るい店内は8分通り若者達で混みあっている。何時もの軽口モードで馬鹿を言いあっていると、気分も次第にほぐれてくる。
その合間合間に、隆志はお店の外に出て盛んに電話をしている。

「隆志、どこに電話しているんよ? まさか、昔の女じゃないだろうな」
「いや、それが、そのまさかなんだ」
「おい、おい、おい。懲りないやっちゃ。コーラさんに捨てられてもしんないよ」
「何だ。そんな言い草はないだろ。ジイジのために、一生懸命、情報収集してやっていたのによ」
「そうなんか。早とちりして、ごめん」
「昔、入れ込んで結婚寸前までいった女なんだ。その女、『ナイト・ピクニック』によく出入りしていたのを思い出してよ。電話してみたんだ。ラッキーやった。電話、繋がった」
「隆志。お前さん、頼りになるやっちゃ。男の中の男だ。昨日、あんなにやつれていたのに、今朝もまた闘魂注入したんだって。尊敬に値する。男じゃなきゃ、できない!」
「掌を返すように、バレバレのおべっか使うな。ちいともうれしくない。馬鹿にしているんやろ」
「ちいとだけな」
「だがな。あっし自身、不思議なんよ。コーラの身体に触れると、俄然、闘魂が湧き出てくる。コーラは催淫作用のある魔法の肉体の持ち主よ。触るとたちまち意気消沈していた息子に力がみなぎり、ムクムクと立ち上がるんだ」
「コーラさん、バイアグラの化身かもな」
「おい、おい、コーラの穢れなき神秘の力とバイアグラの不純な薬効を同列に扱うな」
「そうきたか」
「でもよ。今朝はさすがに意志通りに運ばないんよ。なんとか入れてはみた。けどよ。中折れという悲惨な展開にあいなってしまった。中折れなんて言葉、余の辞書にはなかったのにな」
「ざまあみろ。勃起不全と闘っている凡人の気持ち、少しはわかったか」
「バ~カ。そのままは終わらせしないさ。あっしを誰だと思っている。申し訳なくってよ。代りに濃厚なキッスのサービスよ。コーラの唾液と愛液、1時間くらい、サンミゲール3本分は啜ったかな。コーラも、よがってよがってよ。ジーナが起き出さないか、心配になったほどよ」
「あいあい、ごくろうさん。愛液って、塩味で臭みがあるんだろ」
「コーラのものはほんのり薄味で美味しいんだ。なんとも言えない独特の香りがする。それはそれで充実した時間だったんよ。どうだい。今朝の肌艶、一段といいだろ。たっぷり女性ホルモンいただいたもんね」
「あいあい、ごちそうさん。開いた口が塞がらないってことよ」

「ジイジ、ついでに、その開いた口で女性ホルモンを啜るよう努力しな。定期的に女性ホルモンは吸収しなきゃあ、肌ががさつくわ。思考力も衰えるわ。すぐに爺になってしまうぜ」
「なんかこのところ、肌の潤いも心の潤いもないんだよな。そうか、そのせいもあるか」
「あっしのこの肌艶を手に入れるのは無理だろうけど、せいぜい、頑張んな」
「本当に隆志はすごい! 前頭部の色艶なんか、最高だもんな。テカっている。なんだか一段と広くなったみたいだな。スケベ人間には禿が多いって、本当だ」
「糞ジジイ! あっしの一番気にしていること、ぺラぺラ、楽しそうに話すな。ジイジもサディストじゃないか」
「ざまあみろ」
「ふん。立たないくせに。勃起不全と禿と、どっちを取るかって、アンケートとってみろ。当然、禿だろ」
「だよな。クッ~」


「そいでよ。その女、クリスのことは知らないって。でも、『ナイト・ピクニック』にたむろっている十代の女の子の一人を紹介してくれた。その子は仲間うちの姉御的存在なんだそうだ。その子に聞けばわかるんじゃないかって」
「そうか。問題解決に向けて一歩前進やな」
「そういうこと。感謝しろよ」
「あいあい、感謝感激、アメアラレ~、神様、仏様、隆志様で~す」
「そいでよ。これから、二人でキアポにいくぞ。紹介してくれたアイアンという子に会いに行く。昼はキアポの『エクスタシー』というお店でヌード・ダンサーをしているんだそうだ」
「ジャコ、なんだか妙にはりきってるな」
「おうよ。たまにはコーラ以外の肉体も鑑賞してみたい気もするんだ」
「コーラさんと朝、たっぷりやったばかりなんだろ。お前のその際限のない性衝動、どうなっているんだ。脳の中を切り刻んで見てやりたい。やっぱりコーラさんを裏切っている」
「ジイジはすぐいい子ぶる。そんなことないって。その昔の女によ。今晩、誘われたけどよ。きっぱり断った。『あっし、結婚することになった。だから、遊べない』と言ったら、残念がっていた。あっし、結構、もてるんだな」
「ば~か。お前じゃなく、ゼニッコがもてるんだ」
「いいからよう、さあさあ、裸のネエチャンを見にいこ、見にいこ。だが、あっしはさすがに食傷気味だ。今日の主役はジイジやで。これから、ジイジの一念勃起の実践編。添い寝女獲得プロジェクトの発動や。ジイジ、しばらく、脳と心を、いい子ちゃんモードからエロエロモードに切り替えろよ。女性を素直に自然体で受け入れる準備を整えておけ。魚心がなければ水心もないんだろ。チャンスは思わぬ方向からいきなり転がってくるものさ。それをつかみとれるかどうかは心がけ次第。幸運の女神には後ろ髪がないなんて、教師面して教えてたんだろ」
「確かにい。本当に、お前はカンだけはいい」
# by tsado16 | 2013-06-25 10:10 | 賭け

賭け(その2)

           ・・・・・・・・★2・・・・・・・・・
スターバックスの前でタクシーをつかまえる。
タクシーは、マビニ、カラウ・ストリートを経て、リサール・パークの東側の道を北上する。左手にゴルフ場、右手にマニラのシティ・ホール。
渋滞にあうこともなく、10分ほどで、キアポに到着。
片側4車線の道路は、トラックが圧倒的に多い。が、ジープニー、バス、乗用車、タクシーと、ありとあらゆる車で混雑している。流れてはいるが、渋滞寸前。
商店の並んだ賑やかな通りでタクシーを降りる。歩道は人通りが多い。男も女も老いも若きもTシャツ、半ズボン、ゴムスリッパといった風のラフな服装。オシャレしている人はほとんどいない。着古した服をだらっとした感じで身につけている。雰囲気は気のおけない庶民の街。外国人観光客の姿も見かけない。
露天商が空いたスペースに途切れなく店を出してDVD、雑誌など、種種雑多の品物を売っている。歩道を100メートルほど、二人で冷やかしながら歩く。「エクスタシー」は聞くまでもなく、あっけなく見つかった。ディスコ「エクスタシー」と書かれた女性の写真をあしらった看板が出ている。お店はビルの2階らしい。道路に面した入口付近に従業員らしい男が注意深く張っている。
午後2時前。店はもう営業しているようだ。
スタイルのいい、大柄の若い女性が階段を上がっていくところだった。一瞬、こちらを振り返る。ジイジはその女の顔を一瞥して電流が走った。好みがど真ん中のストライク。それだけでなく、どこかで会ったことのあるような不思議な気持ちに誘われた。
「兄さん、お店、何時から?」
「1時からだよ。もうやってるよ」
「楽しいかい?」
「もちよ。帰りたくなくなるよ」
「可愛い女の子、いるかい?」
「粒ぞろいさ。後悔はさせないぜ」
「さっき、上がっていった子。ここの子?」
「そうだよ。最高だろ。入ったら、会えるよ」
「ディスコって出ているけど、女の子、裸で踊ってるの?」
「ステージはあるよ。後は入ってのお楽しみ。さあ、入った。入った」
最初から入るつもりである。
「面白くなかったら、にいさん、お金、返してくれよ」
「しつこいなあ。期待を裏切らないってば」
2階の入口に着く前の階段の踊り場で、警察関係者でないか、入念に観察され、カメラを預けさせられる。昼からのヌードのダンスの営業は表向きは違法のようだ。

黒い厚手のカーテンを押しのけて、店の中に入った。暗い。目が慣れていない。内部の様子がわからない。客席は結構広そうだ。客はほとんどいない雰囲気。20メートルほど離れたところにあるステージだけが強いライトに照らされている。半裸の女が身体をくねらせている。歩くのもおぼつかない。マネージャーらしき年配の女性がライトで足下を照らし案内してくれる。最前列のテーブルに座る。ステージのライトのおこぼれで明るい。サンミゲールのドラフトビールを2杯、とりあえず注文。一息ついて、ステージを見入る。

踊っている女、顔の造りもスタイルも悪くはない。ただ30歳をかなり過ぎている。
厚い化粧。露出した脂肪のついた腹。ハリのない肌。崩れかけた身体の線。年齢は隠しようもない。ジャコの顔に落胆の色が走る。女のことになるとジャコはわかり易い。ジイジも「楽しめそうにないな」と苦々しい感情がこみあげてくる。音楽までそらぞらしく響く。女の顔に浮かべた、せつなげな恍惚の表情。それすら喜劇的に見えてくる。
「あの女、子供が二人はいるな。どうシナを作ったところで彼女の世界に入り込むことは無理だ」
珍しく、ジイジの言葉は辛辣。さっき、階段を上っていった女のイメージから抜け出せていない。
「若ければ良いってものでもないが、賞味期限があきらかに切れている。がっかりだ。言葉も出てこないぜ」
ジャコも同調する。
「熟女には熟女の良さがあるって、気持ちを切り替えてみた。が、どうしても駄目だ。心が熱くならない。下半身もピクとも反応しない」
「だよな。どう見ても、心が癒されるような身体じゃないわい。金、返せ」
「まだ、払ってないだろ」
「ジイジ、もう帰りたくなった。出ようか」
「バ~カ。何しに来たと思ってる。アイアンに会うまでは帰らないよ」
「そうだったな。ごめん」

テーブルに客がついて、女にやる気が出たようだ。音楽に合わせて、手慣れた仕種で、ブラを取りバタフライを取る。すっぽんぽん。一応、ヌード・ダンサー、身体の手入れはしているようだ。元になる体形はいい。太腿から腰へかけてのむっちりとした膨らみ。垂れ気味の大きな乳房。大きな乳輪と突起した黒い乳首。中国系らしい白い肌に鬱蒼とした黒い茂み。ここにきて下半身に少し反応が出てくる。
「見る対象としては惹きつけられる物がない。が、セックスの対象としてはなかなかの身体はしている。脂がのっている」
「茂みの中の秘密の花園はビチョビチョかもな」
「ベッドの中だと反応がよさそうだ。好きものだぜ、あの女。やりすぎオーラが漂っている。ジイジ、どうだい。あの女、連れ出せるぜ」
「よしてくれ。却下! あそこまでは妥協したくない」
女はジャコの隣りの席を指差して、座ってもいいかと、合図をしてくる。レディス・ドリンクを飲もうという魂胆だ。ジャコはあわてて手を振り、拒絶のサイン。
「コーラの余韻がまだ身体に残っている。触る気もしない。これじゃあ、飲んで時間を持たせるしかないな」
「次のダンサーに期待しよう」
二人はジョッキを合わせ、ビールを一気に喉元に流しこむ。

ステージが暗くなる。アップ・テンポの音楽が流れる。フィリピノ語でのダンサーの紹介。音声が割れている。「ミス・ジャネット!」という部分だけがかろうじて聞き取れるだけ。控室から黒い影が躍り出てくる。ステージに跳び乗る。ライトが当たる。スタイルのいい若い大柄な女性。20歳前後か。出るべきところはきっちり出ている。浅黒いが張りある肌。正統派の美形ではないが、ボーイッシュで愛くるしい雰囲気。なかなかだ。素朴さがどことなく漂ってくるのも好ましい。触ると気持ちがよさそうな肉感的身体つき。突き出た尻を左右にダイナミックに振り、跳ね上げる。ブラからはみ出しそうな乳房が揺れる。セクシー。若さと女性フェロモンを惜しげもなく振りまく。身体が汗ばんできた頃、ステージ衣装を脱ぎ棄て、隠す面積のほとんどないブラとパンティだけになる。ジャコの目が点。ジイジも思わず息を飲む。

暗転。ゆっくりしたテンポの音楽に変わる。女が再び踊り出す。曲調に合わせてダンスも変化。腰を前後に細かく振る。見えない男性がいてその局部にこすり合わせるように腰をゆっくり螺旋状に回す。性交を連想させる。酒の酔いも手伝って下半身が熱くなってくる。心も熱くなっている。
ジャコは現金だ。食い入るように見つめ、リズムに合わせて身体を揺らせ、指笛まで吹き出した。
目元口元がなんとなくコーラに似ている。若いときのコーラはこんな感じだったかもしれない。

「ヒュー、ヒュー、おネエちゃん、いいぞ。いいぞ。最高!」
「ジャコ、ちょっと乗り過ぎ。抑えて、抑えて」
「気分のいいとき、乗って何がいけないんだ。楽しまなきゃ、もったいない」
手招きで、ステージの女の子を呼び寄せている。女がジャコの隣りの席に腰を下ろす。ジャコの太腿の内に手を置き、ゆっくりさする。ジャコは女の手の上に自分の手を重ね、一緒に股間のでっぱった部分に誘導する。
「どうだい? 固くなってるかい?」
「いやだあ。固いわよ」
「うっ。発射しそう。出たら、どうしよう」
「トイレに行って、自分で拭いてね」
「君、何歳?」
「まだ20歳よ」
「名前は?」
「ジャネット。さっき、アナウンスしたでしょう」
「聞いていなかった。すれていないね。田舎はどこ?」
「ボホールの近くの小さい島よ」
「田舎者なんだ」
「そんなんでもなくてよ。でも、まだマニラに来て2か月なの」
「ところでさ。アイアンってダンサー、ここにいるかな?」
一瞬、変な顔をする。
「さあ、どうかしら。あたし、新人だから。わからないわ。マネージャーに聞いてみて」
さりげなくかわされる。

「ところで、君、処女かな?」
「やだあ。そんなわけないでしょ」
「そうだよな。あの腰の動きはどうみても相当な経験者だ」
「あら、それほどでもなくてよ。でも、セックスは大好きよ。今度、試してみる?」
適度に思わせぶりなことを言ってくる。ジャコは裸の腰に手をまわし、引きよせる。

しなだれかかるジャネットの耳元に何か囁いている。ジャネットはその度にキャアキャア、笑い声を上げる。ジャコ得意の下ネタの連発のようだ。ここくらいまでなら、コーラさんも許してくれるだろう。

ジャコがいちゃついている間に、ジイジはマネージャーの女性を呼ぶ。
「お姉さん、ビール2杯追加。おつまみ食べたいんだ。メニューを持ってきて」
「わかりました」
「ところで、アイアンという子がいたら、席に呼んでほしいんだけど」
「そんな子、いないですよ」
妙な顔をして首をかしげている。
「ここに来た友達の話では、その子が最高だって言うものでね。じゃあ、帰るしかないな。食事はいらないな」
「これからいい子が踊りますよ。そう言わずにもう少し飲んでいってください。良いこと、きっと起こりますよ。食事、お決まりになりましたら、お呼びください」
「いらないって、言ってるだろ」
何か言いたそうな顔をして、女はニッと笑って立ち去る。
「アイアンに会えないのか。残念。ジャコめ、ガセネタをつかまされちゃって。アホが。でれでれ、いちゃつきやがって、いい気なもんだ。コーラさんに言ってやるか」


ジャネットのいないステージが再び暗くなる。
スピーカーから「ミス・セシリア!」との紹介。ビートのきいた音楽を背景に、ほっそりした体型の白いステージ衣装のダンサーが勢いよくステージに駆け上る。舞台照明がフェード・イン。羽のついた扇子で顔を隠している。大きく開いたお腹の部分にヘソ・ピアスが光る。
明るいライトの中、扇子を外した顔を見たとたん、ジイジの心臓が膨張する。入る時、階段を上るのを見かけた女。

眼の前のジャコとジャネット。チキンの唐揚げを交互にかじり合っている。もう長い間つきあっているカップルのように仲がいい。いつの間にか相手の心にするっと入り込んでしまうのがジャコの特技。

ジャネットは大柄で長身。浅黒い肌のむっちり体形。グラマラスでお尻が大きい。マレー系美女の魅力がたっぷり。
ステージの女は、ジャネットに劣らず、若くて背が高くスタイルがいい。が、ジャネットとは全く違う魅力を撒き散らす。
眼を奪われるのは胸の谷間。細っそりした身体にアンバランスに乳房が大きい。透き通るような白い肌。西洋の血と東洋の血の複雑なミックスを感じさせる。
後ろを向くと、お尻の上にタトーが入っている。バタフライを取って全部見たい誘惑に駆られる。

ジイジは、二人の肉体の魅力を直感的に言葉にする。思わず笑みをかみ殺す。
お尻のジャネット。おっぱいのセシリア。甲乙つけ難い素材。

顔とその醸し出す雰囲気も対照的。
ジャネットは、ボーイッシュなショートカット。よく似合っている。額にがかる前髪をかき分ける仕種が男心を惹きつける。
可愛らしいが、意志の強そうな浅黒い丸顔。大きな潤んだ眼。一直線の眉。鼻筋の通った大きめの鼻。豊かな頬の下に細い顎。薄い唇の大きな口。白い歯がのぞく。顔のパーツのバランスが絶妙にとれている。ふっくらとした頬に時折できるえくぼが愛らしさを際立てる。
外見は美少年。でも、おっとりした雰囲気が客に母性を感じさせる。素朴でぼんやりとした情感が温かさと安心感を与える。

セシリアは、艶やかな大人の女性を背伸びして演出している。
真中から分けたカールのかかった長い髪。頬骨が少し張り気味の細長い輪郭。広いおでこ。高くて細い上向きの整った鼻。大きな透き通った目。小さな口。冷たい感じを与える薄めの唇。
自由闊達な雰囲気と、神経質で繊細な雰囲気と、知的怜悧な雰囲気が混在。複雑にからみあって、一筋縄でいかない印象を与えている。
眼の表情一つを取っても、睫毛を伏せてけなげでか弱い女を演じるかと思うと、眼を上げて遠くを見る眼差しで感受性豊かで奔放な女を発信してくる。時折、威嚇するような鋭い視線を向け、負けん気の強い情熱的な女も伝えてくる。とにかく、とらえどころのない。決めつけを許し男共が心を落ち着かせることを拒否している。はまったら抜け出せない神秘の底なし沼のイメージ。

背が高いくらいしか共通点が見い出せない二人。だが、ともに傍眼を惹きつける美人であることにかわりはない。
蓼喰う虫も好き好き。
女性の好みは男によって様々。己の感性にあった女に惹きつけられる。
ジイジの嗜好はセシリアがドンピシャリ。インテリは謎の多い危険な雰囲気に弱い。

ジイジは、またぞろ、表現したくなる。キャッチフレーズ風に違いを表す言葉を捜す。
母性のジャネット。知性のセシリア。
軽すぎるな。もう一つ。
癒しの女、ジャネット。魔性の女、セシリア。
少しはましかと思ったものの、どこか違う。満足できない。
女性は、一瞬一瞬で印象も美しさも豹変する変幻自在の神秘的生き物。
そう結論つける。
でも、これはセシリアの形容じゃないか。ジイジは苦笑した。
もう、女の術中にはまってしまったか。


セシリア、ロックのリズムに合わせて、腰を振り、乳房を激しく揺する。小さいブラから乳房が何時とび出るか、はらはらする。期待する。激しい動きも、若さの特権か、少しも無理をしているという感じをいだかせない。艶然とした微笑みも板についている。
時折、長い睫毛の下からジイジに向けて流し眼を送ってくる。何故だ? その視線に射られる度、ゾクッとした電流が背骨を走り抜ける。

身体も汗ばんだところで、ステージ衣装を脱いでブラジャーとパンティだけになった。
息を呑む。発展途上の肉体。肉は、つくべきところに嫌みなくついている。が、余分な肉はない。
どうしても目が行ってしまう、ブラからこぼれ落ちそうな乳房に。男なら自然の反応。
若さに似合わぬ妖艶な魅力。不覚にも引き込まれている。
ジイジは歳がいもなく、血迷った。もう虜にされたんか?

心の囁きに抗しきれず、セシリアをテーブルに呼ぼうと行動を起こしかけた。と、その時、動きを察知したかのように、セシリア本人がステージを下りて、ジイジのところに迷いなく近づいてくる。
客への挑発的な饗応? ジイジの膝の上にまたがり首に腕をまわす。廻した手にはちきれんばかりのセシリアの若い尻。気持ちいい!
音楽に合わせ、太腿に股間を強くこすりつけてくる。薄い小さなパンティーを通して外性器の襞の感触と熱が伝わってくる。ジイジ、思考混乱。
さらに腕に力を入れ、豊かな乳房を顔に押し付けてくる。汗混じりの香水の匂いが鼻をくすぐる。乳房の弾力に息苦しくなる。ジイジ、意識朦朧。ステージの小さなライトの点滅だけがチカチカ。不思議なことに、強烈な女の匂いの中に懐かしい匂いが混じっている。気が遠くなる。若い心が蘇る。何だ、これは。
やっとの思いで顔を引き離し一息入れる。夢でも見ていたのか。ジイジ、放心状態。

思考停止。
事のなりゆきが全く理解できない。冷静になれ、冷静になれ。自分を取り戻そうと必死に言い聞かせる。
攻撃は続く。小さく開けた口から舌を覗かせ、恍惚とした表情で頬をすり寄せてくる。甘い溜息が漏れる。熱い鼻息を感じる。顔をジイジの顔の正面にずらし、突然、濡れた唇を押し付けてくる。ペーパーミントの匂い。あっけにとられる。呼吸が乱れる。
間髪入れず、強く吸われる。強引に舌をねじ込んでくる。噛んでいたガムが入ってくる。爽やかな苦味がジイジの口の中に広がる。侵入する生暖かい舌。ジイジの口の中を舐めまわす。

すれっからしの年増女?
やることが大胆。でも、相手は魅力的なうら若き女性。
その落差に度肝を抜かれた。完全に女のペース。
ジイジ、取り乱している自分を感じる。余裕が全くない。
# by tsado16 | 2013-06-25 10:08 | 賭け

賭け(その3)

           ・・・・・・・・★3・・・・・・・・
女はジイジの首に手をまわしたまま、耳元に口を寄せ、低いかすれた声で囁く。
「私、アイアンよ。よろしくね」
「えっ、・・・」
絶句する。この子がアイアン? 女の顔をまじまじと見る。
「君、セシリアじゃ、ないの?」
「それはこのお店でのステージ・ネームよ」
「お店の外では、通称だけど、アイアンと呼ばれているの。アイアンでリクエストが入ってびっくりしたわ。たまたまマネージャーがあたしの名、記憶していたからよかったんだけど。変な客じゃないかって疑っていたわ」
相変わらず、ジイジの顔を引きよせ頬ずりしながら、仔猫のような声で囁く。
「あたし、喉、乾いた。ビ―ル、飲みたいな。1杯、いただいて良い?」
「どうぞ。どうぞ。2杯でも3杯でも召し上がれ」
「オ・ニ・イ・サ・ン。ア・リ・ガ・ト・ウ」
「おっ、日本語。オ・ニ・イ・サ・ン、じゃないけどな。日本人って、ばれてたか」
「雰囲気で、わかるわよ。それに、オ・ニ・イ・サ・ンはゴマゴマすりすりよ」
右手を握って廻し、ゴマをする仕草。
「君がアイアンか。よかった。本当によかった。会いたかったよ」
「どうして、あたしを指名? 私とやりたいの?」
「今、確かに君にすごく魅かれている。でも、君をテイク・アウトしにきたわけじゃあ、ないんだ」
「なあんだ。がっかり。あたし、今、死ぬほど、まとまったお金がほしいんだ。カモだと思ったのに」
「そうか。カモになりたい気持ちもあるんだけど・・・」
「ねえ、あたしの名前、どうして、知ってるの?」

向かいの席に座っていたジャコとジャネット。眼の前で起こった一連の出来事にびっくり。話すのも忘れている。
「ジャコ、アイアンを紹介してくれた女、なんと言うんだっけ?」
「ステラって言うんだけど」

ジイジ、アイアンに向き直る。
「『ナイト・ピクニック』に出入りしているステラって女性、知ってるよね」
「ステラ姉さんね。大好きな人よ。とても親しいわ」
「そのステラに君のことを聞いたんだ」
「あら、どうして?」
「君にちょっと聞きたいことがあるんだ」
「まあ、何かしら?」
クスッと笑いながら答える。
「君、クリスって女の子、知ってるよね」
とたんに、アイアンの顔に警戒の色が走る。尋常な反応ではない。

「向かいに座っているジャネットと、クリスと、あたしは大の仲良し。というより、クリスは私達の妹分みたいなもんさ」
「へえ、クリスは君らの友達なのか。ちょっと、安心した。君達がしっかりした女性であるのは見ればわかるもの」
アイアン、甘えた舌足らずな口調から男のようなぞんざいな言葉遣いにギアを入れ替える。
「おら、おら、てめえ、調子のいいこと、言うじゃないか。何を探ってんだよ。奴らの仲間じゃあ、ないだろうな。正直に白状しろ。事と次第によっては許さないぜ」
「おお、こわ。怪しいものじゃないよ。奴らって誰?」
「ノー・コメントだ。てめえ、まだ信用できんもん」
「実は、クリスが危ないめにあっているって、耳にしたんだ。心配でたまらない。クリスに起こっていること、詳しく教えてくれないか? ステラは君なら知っていると言っている。教えてくれれば、お礼、差し上げるよ。お金、必要なんだろう」
アイアンの顔が急に怒気で真っ赤になる。眼に敵意が現れる。
「ジジイ、てめえ、なめるんじゃねえ。オイラ、身体を売っても、ダチは売らない! 何でも、金で解決がつくと思うんじゃねえ」
心の、触れてはいけない部分に触れたようだ。ジイジは慌てた。
「お金で情報を買うなんて、そんなつもりはこれっぽっちもない。信じてくれ」
「オイラとやりたいっていうなら、お金さえ払ってくれれば、いくらでもオマンコ、貸してやる。でも、ダチのことは、金じゃ、絶対にしゃべらない。見損なうな」
「悪かった。謝る。じゃあ、正直に事情を話すから、君の許す範囲で教えてくれないか」
アイアンの眼をじっと見つめ、心をこめて静かに話す。

「ジジイ、てめえ、誰なんだ?」
「私はクリスのパパをよく知っている日本人。東京から来てまだ日が浅いんだ。クリスの問題が片付くまで、しばらくマニラに滞在するつもりでいる。その間に、クリスが困っているなら、どんなことでも力になりたいんだ」
アイアンは少し落ち着いてきた。
「日本人だっていうのは、わかっていた。私もクリスもジャンネットも日本人の血が入っているんさ。皆、日本人と、中国人、韓国人とはすぐ区別がつく。その血のせいみたいだな」

「クリスのこと調べているうちに、クリスが売春をやっている。それどころか、悪い男達とグルになって、客から金銭を巻き上げているという噂を耳にしたんだ」
「そうか。そこまで知っているか。大筋は間違ってないと思っていい」
「美人局は即刻止めさせなければならない。クリスはまだ15歳。なんとか売春も止めさせたいんだ」
アイアンの顔にまた怒気が走る。
「身体を売って、何が悪いんだよ。あたしもクリスもジャネットも好きでやっているわけじゃない。皆、それぞれに事情を抱えているんだよ」
怒りの噴出というよりも、心の内に閉じ込めていた、持って行き場のない憤りを醒めた無感情で吐き捨てているという感じである。やりきれなさが伝わってくる。
「そうか・・」
ジイジは悲しい顔を向けてうなずくしかなかった。
こんないい子達が自分を無理やり納得させてオヤジ達に身体を提供している。切なくなった。

「でも、どうしてそんなにクリスに関心を持つんだ? てめえ、ロリコンの変態か? クリスみたいな可愛い少女を性的になぶりものにしたいんか? 最低の奴だな」
「そんなことは、絶対にない。君達と寝ることはしても、クリスとは絶対に寝ることはない」
「何でそこまで、クリスのことに首を突っ込む? てめえ、本当のことを言え」
「わかった。じゃあ、約束してくれ。クリスに、しばらくの間、私のこと、それから、これから話すことも内緒にしてくれないか。そうしたら、正直に話す」
アイアンもジャネットも信用していい娘とジイジは判断した。そのくらい人を見る眼はある筈だ。

アイアン、ジャネットの方を向く。
「ジャネット、話、聞いてたろ。どうする?」
「このおじさん、悪い人じゃなさそうだし、私はいいよ」
「わかった。じゃあ、私もそうする」

「ジジイのこと、クリスに言わないって、約束する。てめえの目的は何だ?」
「アイアン、その前に、私の顔をじっと見てくれ。何か、わからないか?」
アイアン、舐めるようにジイジの顔を見入る。
「クリスに似ているな。会ったときから、気になっていたんだ」
「似てるだろ。血が繋がっているんだ」
「じゃあ、お前はクリスのパパか? おかしいな。クリスからはパパは死んだと聞きいている」
「そうだ。クリスのパパは死んだ。私はパパのパパだ」
「おじいさん?」
「そう。クリスは、私の可愛い、可愛い孫なんだ」
言ってしまって、感、極まった。ジイジの眼に涙が浮かぶ。

アイアンとジャネットは顔を見合わせる。眼に納得の光が走り、敵意が消えている。
「お恥ずかしいことに、私は、クリスのパパとママの結婚に反対で、クリスのママにずっと冷たくしてきた。息子を失って、自分がひどいことをしたことに始めて気づいたんだ。クリスのママは私を拒絶している。クリスが私を受け入れてくれるかどうか、全くわからない。でも、クリスの気持ちがどうであっても、私はクリスにはできるだけのことをしてやりたい。それで、しばらく、クリスに私の素性を伏せておいてほしいんだ。クリスを心から愛している。自分の命に代えてもクリスのことを守るつもりいる。なんとか、クリスに『おじいちゃん』と呼んでもらいたい。もう仕事を引退している。ある程度のお金は持っている。クリスはもう身体を売る必要はないんだ」
「そうか、クリス、いい金づるつかんだんだ。ちっ、ちょっと、嫉妬するな。でも、クリスのこと、喜んでやらなくてわな。なっ、ジャネット」
ジャネット、うなずき返してくる。

「アイアン、今日、仕事、終わったら、クリスの問題、聞かせてくれないか?」
「ごめん。今日は夜の部も仕事が入っているんだ。悪いけど、つきあえないな」
「そうか。残念。じゃあ、明日は?」
「明日はお休み。ゆっくりお話できてよ。でも、クリスのこと、クリスだけの問題じゃあ、ないんだ。あたし達のグループ全体の今後の方向性にかかわる問題でもあるんだ。よ~く考えてみる。皆と話合ってみる。それまで待っててくれよ。携帯の番号、教えるから、ジジイのも教えておいてくれよ」
「わかった」
「ジジイ、携帯、貸せよ。あたいの番号、入れるから。ジジイの番号、もらっておいていいな」
「もちろん」
アイアン、慣れた手つきで、ジイジの携帯に自分の番号を入れ、ついでに、自分の携帯に電話をかけ、ジイジの番号も自分の携帯に登録する。あっという間の早業。
「へへ、これで金のないとき、ジジイに食事、たかれるな。シメシメ」
「了解。今、ダイアモンド・ホテルに泊まっている。ナイト・ピクニックは近いよな。『お腹がすいた。皆で美味しいもの、食べたい。出て来い』なんて内容でいいから、電話してくれないか」
アイアン、打ち解けてきている。信用されるまで、もう一歩。


「ところでよ。おじいちゃん、男だろ。助平なんだろ。あたしの若い身体、抱きたくない?」
アイアンは媚を含んだ顔を向けて言う。声音も一転している。
「そうだな。君のセクシーなダンスを見て、そんな欲望が湧いている」
「お小遣い、弾んでくれれば、明日、寝てあげてもいいのよ。あたし、結局、お金で寝る女だから」
「アイアン、もっと自分を大切にして欲しいな」
「お説教かい。あんたに私の何がわかるっていうの?」
「売春はいけないことだ。フィリピンの法律でも禁止されてるんだろ」
「この国の支配階級は法律なんか守ってはいないわよ。法律は金持ちのためにあるんだ。法律は自分達だと思っているんだから」
「どんな悪法も、法は法。破れば罰せられても仕方がないってこと。賢い君なら、理解しているよな」
「そりゃ、まあな」


「ジジイ、インテリだね。なんだか大学の先生みたい」
「まいった! 始めて会って、職業、あてられちゃった。すごい観察力だな」
「どうってことないさ。あたしのパパに、雰囲気そっくりなんだもの」
「君のパパも、大学の先生なの?」
「まあな。田舎のショボい大学だけどな。嫌な奴よ。裏表があって、口だけはうまく、誠実さのかけらもみられない奴さ。上には弱く、教育のない人間は馬鹿にする」
大学教授の娘、そう思うと、育ちの良さもどことなく漂う。親近感も手伝って、アイアンを見る眼が変わる。人間は先入観で物をみることから逃れられないようだ。
「おじいちゃんも、パパと一緒で、嫌な奴なのか?」
「う~ん。言われてみれば、そういう面があるな。特に昔の私は」


「君のパパやママが、君が身体を売っていることを知ったら、嘆き悲しむと思うよ」
「事情も知らないで、知った風なことを抜かすなよ。ジジイ」
「気に障ったらごめん」
「私のパパとママは43歳も歳が違うんだぜ。パパは家族がいるのに、ママが19歳のときに、ママを囲い者にしたんだ。ママは妾なのよ。月々、お手当てをもらって、週3回ペースで若い身体を弄ばれていたんだ。ママは身体を使ってお金をもらってた。ママは体のいい売春婦さ。私を非難なんかできやしないわ。パパは買春をやってたんだ。妾になってお金をもらうのと、売春をやってお金をもらうのどこが違うんだい?」
「法律に違反するかどうかってところなんだろうな。でも、君の言う通りかもしれない」
「そんなパパとママに私を非難する資格があると思う? もっとも、パパは3年前に78歳で死んじゃったけどね」


「おじいちゃん、お願いがあるんだ。クリスのおじいさんだから、私もおじいちゃんと呼んでいいだろ」
「いいけど。でも、どうせなら、ジイジって、呼んでくれないか。東京じゃ、そう呼ばれているんだ」
「じゃあ、ジイジ、あたしのこと、気の毒に思えるなら、あたしのパパみたいに、あたしを囲ってよ。お店で客をとるの、疲れてきているんだ。学校との気持ちの切り替え、しんどくなってきているんだ。あたし、大学を続けて勉強したいんだ。あたしを学校に行かせてよ」
「あたしを囲ってくれれば、学校に行っている時間以外は、いつでもセックスできるわよ」
「その必要はないな。立たないんだよ」
「えっ、チンチン、立たないの。大丈夫。がんばって、しゃぶってあげるわ。手と舌を使っていかせてあげるわ。私、研究熱心なんだ。うまいんだから。私の身体も、好きなだけ触って弄べるわよ」
「魅力的だ。実に魅力的な提案だ。心が動く。でも・・・」

「アイアン、今、大学に通っているのか?」
「そうよ。去年、苦労して入ったんだ。でも、授業料が払えない。今週中に払わないと、除籍さ。6万ペソ、緊急に貸してくれない?」
「それだけでいいのか? 君の向学心にほだされた。貸してやっても、いいぞ」
「ありがとう。借りるんだから、返さないとね。それがけじめというものよね。私、乞食じゃないもの」
「いい心がけだ」
「でも、実際には返すのは難しいわ。身体で払ってもいいかしら? どうせ身体で稼がなきゃ、なんないんだもの。直接、ジイジと取引したいわ。一晩、2000ペソでいいからね。だから、6万ペソだと、30回か。好きなときに私を呼び出して抱いてちょうだい。もちろん、お望みなら、クリスには内緒にするから、安心して」
「・・・・・」

「アイアンは勉強が好きなんか?」
「そんなに好きじゃないよ」
「じゃあ、何故、身体を売ってまでして勉強する」
「大学に行って良い成績を残して、私を妾の子と馬鹿にした本妻の子らより、知的にも優れた人間になって見返したいんだ。不純な動機だろ」
「あいつらの一族、パパが死ぬとすべてを奪って、あたしとママと兄さんを故郷のタクロバンから無一文で追い出したんだ。この落とし前だけはいつかきっちりつけてやるんさ。それがあたしの生きがい。あたし、復讐に燃える女なんだ」

「君のように美しくてお乳が大きい子が学問するというのは、私の常識ではどうも結びつかないんだ」
「オッパイの大きい女は、頭が弱いって、勝手に決め付けるなよ。日本のオッパイの大きい女は学問はしないんか?」
「そんなことはないんだけど」
「けど、なんだよ」
「面倒臭い学問をしなくても、オッパイで食べていけるのかな」
「私のように裸で踊ってか?」
「それもあるな」

アイアン、ジイジの片膝の上に後ろ向きで跨り、身体をジイジに預ける。後頭部をジイジの肩にもたれかけ、ジイジの手を指をはすかいに組み合わせて握り、話を続ける。時々、ジイジ唇に、唇を寄せる。
「ただね、これだけは知っておいて。クリスは組織に反抗して、危機一髪のところにあるんだ」
「なんで、また?」
「短くまとめて話せないわ。詳しい事情は、今度、会ったとき、話す」

「クリスはどうして身体を売るようになったんだ?」
「クリスの家の事情はあたしにもよくわからない。クリス、あんまり、自分のこと、しゃべらないんだ。もし、どうしても知りたかったら、カリフォルニア・カフェのグレース姉さんに聞けば、詳しいことわかるかも。クリスのママと親しいみたいよ。グレース姉さんは頼りになるわ。あたしの先生みたいなもんだから」
「カリフォルニア・カフェのグレースさんだな」
「そうよ。とても、魅力的な人。インテリ殺しなのよ。ジイジ、心、動くかも」
アイアン、片目をつぶって、いわくありげにジイジを見上げる。

「アイアン、悪いけど、君を買うことはできない。お金で女の人を自由にするなんて不道徳なこと、やっぱり私にはできない。私の今までの生き方に反する。だけど、授業料は貸してあげるよ。その代わり、クリスの情報、教えてくれるね」
「てめえ、言ったろ! お前、頭、悪いな。ダチの情報は金で売らないって。クリスの件とあたしの授業料の件はまったく別のことなんだ!」
「わかった。クリスとは関係なく、授業料は出す」
「あたしを買うのは、不道徳だっていうんだよな。あたしは不道徳な女なんだ。あたしのこの身体、汚いから買えないっていうんだな。わかったよ。もう、あんたなんかに頼まない。あたし、あんたみたいな、きれいごとを言う人のお慈悲なんてまっぴらご免よ。金はなんとか自分で作るさ。この身体、舌なめずりして、欲しがっているフィリピン人のジイサンも多いんだぜ。皆、あんたみたいな意気地なしと違って、不道徳だ。チンチン、ギンギンおっ立てて追っかけてくるんだぜ」
「・・・・・」
「お前、チンチン、立たないのも、そのウジウジした心のせいだよ。せっかく立たせてやろうと意気込んでいたのに。もう知るか」
「・・・・・」
「ジイジがあたしと寝るというのでなければ、もう会わないから。今晩、よく考えろ。あたしとセックスする気になったら、電話しろ。お前、もう60過ぎてんだろ。でも、社会というものをよくわかっていないガキだな。じゃあな。バイな」
「・・・・・」
「ジイジ、あたしが不道徳で汚いというなら、お前の愛するクリスも不道徳で汚いんだぜ。クリスが可哀そう」
アイアン、憤然として、胸をユッサユッサ、尻をプリンプリン、振りながら、足早に控え室へ消えていく。
怒っても、絵になる女。
# by tsado16 | 2013-06-25 10:06 | 賭け

賭け(その4)

                   ・・・・・・・・・・★4・・・・・・・・・・
午後4時過ぎ、ジャコを促して『エクスタシー』を出る。薄暗い室内に慣れた目が眩しい。
アイアンに会うという当初の目的は不本意ながら果たした。後は、機嫌を損ねたアイアンになんらかの対応をしなければならない。その考えがまとまらない。
踊り場で預けたカメラを返してもらい、通りに下りる。夕方に向けて混雑が増している。
午後の陽光はまだ強く明るい。
波立つ心を切り換えようとするが、釈然としない思いがつきまとって離れようとしない。
「君! 良い子いた。いた。チンコ、ビンビンよ。また来るな」
路上の呼び込み男にジャコがご機嫌に声をかける。
「旦那、嘘じゃなかったでしょ。チップ、チップ、100ペソ下さいよ」
「今度、来た時な」
「チッ、約束ですよ」
ジャコの能天気なテンションも腹立たしい。


アイアンの捨て台詞がこたえた。
 「あたしのこの身体、汚いから買えないっていうんだな」
 「お前、もう60過ぎてんだろ。でも、ガキだな。社会というものをよくわかっていない」
それ以上に、クリスが、深刻な状況に面していることを知り、不安が心の中に投じられた一石の波紋のように広がっていく。

ジャコは、構わず、通りの露店を物色して回っている。ビニールでカバーのかけられた小冊子のところで足を止め、ニヤニヤ笑いながら、店番のニイサンと軽口をたたいている。
むくれるジイジはほおっておくのが一番とばかりに、一顧だにしない。慰めもしない。


露出度の高いセクシーな女や上半身裸のハンサムな男の写真で表装された本。中身のえげつなさは、フィリピノ語が読めなくても想像がつく。
そのうちの一冊を手に取ってジャコが言う。
「若い時からビニ本・裏本の類いは趣味でねえ。あっし、自慢するほどのことでもないが、神田の神保町や新宿歌舞伎町の場末をうろつきまわっては、その時代その時代の話題性のあるもの、代表的なものは揃えてあるんだ。ちょっとしたコレクターといっていい。何時の日か骨董的な価値が出ると思って大切に保存しているんだぜ」
「フン、本当に自慢する事じゃないな」
「なんだい。その上から目線。最高に、気分が悪い。アイアンの気持ちがわかるぜ」
「気に障ったら、ごめん。でも、ありのままの感想を言っただけなんだけどな」
「そうかい。エリートの大学教授先生様だったんだもんな。遊び人の鼻つまみ者のあっしなんかとは違うか。下々の人間の気持ちなんざ、理解しようともしない」
「だから、謝っているだろ。今、その辺の態度、変えようとしているんだから」
「でも、いくらお高くとまっていても、まだ尻の青い小娘にガキ扱いされていたんでは、世話ないよな。ギャハハハ」
「なんだい。ジャコこそ、つっかかってきてるんじゃないか。腹が立つ。ムカムカしてきた」
「ギャハハハ、やっぱり、ジイジも相当に傷ついているんだ。エリートってえのは、デリケートで打たれ弱いって、本当やな」
「そうだよ。悪かったな。ほっといてくれ」

「まあ、そう言うなよ。ジイジの弱点を克服する算段を考えてやっているんだぜ」
「ありがとよ。で、なんで、ビニ本なんだよ」
「あっし、マニラでは買ったことないんよ。どんな内容か、見てみた~くなっているんだ。コレクターの好奇心、探究心ってやつだな。日本のものに比べたら、刺激が足りなくて内容が薄くて面白くないのは想像がつく。けど、一応買ってみないことにはな。百聞は一見に如かずということ。フィリピン・ビニ本事情の実態調査さ。ご機嫌斜めのジイジにも、一冊、買って進呈するよ。そろそろ、機嫌、直しなよ。還暦を過ぎても、いまだお坊ちゃん気質、抜けないんだから、困ったもんだ。アイアンはよく見抜いているよ」
「いらないよ。そんなくだらんもの。手に取るのも汚らわしい」
「何だよ。その侮蔑的態度。落ちこんでるみたいだから、優しくしてやれば、つけあがりやがってよ。ジイジの悪い癖だ。学術的で難解な本よりも、この手の俗悪なものから伝わってくる文化っていうものもあると思わなのかい?」
「思わないさ」
「常々思っていたんだけど、この際だから、はっきり言っておこう。ジイジはその視点が欠けている。というか、逃げている。知性だけを働かせて、綺麗ごとでものを見ていては、大切なものを見逃してしまうぜ。良い子ちゃんからの脱却はジイジを大きく変えるはず」
「なによ、それ。明らかにエロ系統の怪しげな著作物じゃないの」
「そうかもしれない。でも、ジイジは見もしないで、そう決めつける。そういうの先入観と言うんだろ。その実証的でない態度。学者らしくないぜ。庶民の好むものは低級だと頭ごなしに決めつけていない? 鼻につくんだよなあ。自分を支配する者の側において、上から社会を眺める態度。俯瞰するだけではなく、下の方に身をおいて眺めてみることも必要じゃないのかなあ。低俗野卑を身体いっぱいに浴びることで突き抜けるって境地があるんだよ。さっきも、アイアンのこと、ヌードダンサーの娼婦だと思って軽くみていなかったかい? 低俗を馬鹿にすると、しっぺ返しされるって。アイアンは敏感な子だから、それを感じ取って、ジイジに挑発的に振る舞ったんだぜ。きっと」
「うるさい!」
図星を指されたと思った。ここは大人のところを見せないと、ジャコにも嫌われそうだ。

「そうだなあ。その本、一見してみる価値はあるか。大衆文化研究の一資料として。アイアンへのお詫びもこめてな」
「また、そうやって、自分を正当化して安心しようとする。人間なんて、皆。そんなにできのいいもんじゃないわい。ジイジ、そうやって自分を嘘で固めて、自分の悪い子の部分、いかがわしい部分、いやらしい部分を閉じ込めてたり切り捨てたりしていて疲れないのかい?」
「そんな指摘されたのは初めてだ。クリスと会う前に、自分を変えないといけないと思い始めてはいるんだけど、何をしたらいいのか、検討もつかないんだ」
「おうさ。ジイジがもっと野蛮なケダモノになることを祈っている。そのための、この本は心のこめたプレゼントさ。受け取らないなんて許さないからな」
「わかったよ。自分で買うよ。おせっかいな奴だ」
「アイアンの態度も、もとはと言えば、ジイジがアイアンの地雷を踏んだんだぜ」
「・・・・・」

ジャコの言わんとするところが伝わってきた。裸に近い女性が表装された、妙に惹きつけられた本を1冊、自分から進んで買った。
恥ずかしいという気持ちはどこかに吹き飛んでいた。ジャコとつきあうときは見栄とか世間体とかがアホらしくなってくる。以前なら、自分が決してとらない行動をとってしまう。旅の恥はかき捨てと言われればそれまでだが。いいじゃないか、最初はそれで。
自分が変わってきている。今まで軽蔑していたものが何かしら魅力的に見えてきている。野卑な好奇心っていうのも精神衛生上はいいもんだ。
「その写真の女,アイアンに似ているな。知らず知らずのうちに、心にアイアンが根付いてしまったみたいだな。ギャハハハ」
「そうか? そう言えば似ているな。もうアイアンの術中にはまってしまったのか」

「私の中で、ジャコ化現象が起きているようだ。欲望に従って自然体で生きる。なかなかいいもんだな」
「非常に好まし~い兆候だな」
「確かに、低俗なもの、野卑なもの、貧しい人、教育のない人を軽く見ていた。軽蔑していた。自分とは関係のないものと逃げていた。庶民の好む俗悪のエネルギーの中に身を置いて、大衆の魂の叫びに触れる。そこから今までの自分を振り返ってみる必要がありそうだ」
「偽善者の取り繕いを、まず封印するんだな」

俗悪な本を体験してみよう。でも、あんまり気がすすまない。
アイアンも体験してみようか。こちらは、心が震えるように怖い。


腹が立つと甘いものが食べたくなる。これは私だけの傾向かい?
可愛いけれども、小生意気な女だった。ヌード・ダンサーではあるが、まだ十代の小娘に手ひどくこき下ろされた。鼻先であしらわれた。化粧をとって普段着になれば、まだ少女と言っても通りそうな娘。ジイジはプライドがズタズタに傷つけられた。教育者として、長年、若者を自由にあしらってきた身としては、許されない屈辱。ムシャクシャした。


帰りのタクシーの中、外の景色を眺めてはいたが、何も情報が伝わってこない。ジャコの軽口も鬱陶しく思われ、だんまりを決め込んだ。
「ジイジ、どうしたん。アイアンにボロクソに言われ、むかついているんかい?」
「そんなことはない。あんな小娘の言うこと、いちいち気にしているわけがない」
ジャコは勘が鋭い。心が読まれていると悟った。
「なあんて、強がったけどな。本当はかなり悔しい。いい歳をしてオモチャにされてしまったもんな」
「強敵だよ。あの小娘。ギャハハハ」
「人事だと思って面白がるな。友達なんだろ」
「ごめん、ごめん。ギャハハハ」
「アイアンは、日本の学生なんかより、はるかに社会を知っているな。人の心を読んで交渉してくる。日本の学生と違って御しにくい」
「アイアンのような女性は、知識はないかもしれないが、知恵はあるんさ。海千山千の外国人の男との修羅場を何度もくぐり抜けてきている。踏んだ場数が違うだ」
「癪にさわるけど、あのピチピチヌード、眼の奥の方にまだちらついてる。あの寸足らずの鼻にかかった話し方、内耳の三半規管の辺りにこびりついている。何かを惹きつけるものの持っている魅力的な娘であることだけは認めざるを得ない」
「自分の思い通りにいかない女は気になるものよ。ジイジにも、まだそんな感情、残っていたんだ。ギャハハハ」
「ギャハハハ、ギャハハハ、うるさいんだよう。ああ、腹が立つ」


「メラメラと闘志が湧いてきている。あの糞生意気な小娘、グウの音も出ないくらいに痛めつけてやる。膝まずかせて後悔させて泣かせてやる」
「ジイジが珍しく感情を荒立てている。ギャハハハ。まあ、まあ、まあ。急がず、じっくりと攻め落とすとよ。難しければ難しいほど、攻略したときの喜びは大きいものだ」
「小娘と油断したのがいけなかった」
「ジイジ君VSアイアン姫。1ラウンドは、姫の圧倒的優勢勝ちい!!」
「腹がたつけど、その判定は受け入れざるを得ない。でも、気持ちをひきしめ、巻き返す。2回戦は一方的勝利さ。泣かせてやる」
「シクシク、泣かせるの? ワァーンワァーン、泣かせるの? ヒイーヒイー、泣かせるの?」
「そんなこと、まだ考えていない。とにかく泣かせるんだ」
「ベッドの上でヒイーヒイーじゃないと、意味ないぞ」
「よしや。それも選択肢の一つにいれておく。でも、息子の体力的なことを考えると現実的には無理かもしれない。とにかくフォール勝ち1本で決着をつける」
「ギャハハハ、ジイジが、らしくなく、燃えてやがる。いい女だと、ジイジも燃えるんだ」
「だよな。たまには興奮するのもいいもんだ。ワクワクしてきた。ジャコ、どっちが勝つと思う?」
「小娘に返り討ちにあいそうな気もするな。ジイジ、相手は難敵だで。何か賭けるかい」
「面白い。受けて立ってやる」
「あれ、ジイジ、賭け事、嫌いじゃあ、なかったの?」
「時と場合によるわ。男の估券に関わることじゃ。本気でやるよ」
「違う。男の股間に関わることや」
「高角度前方回転エビ固め、もしくは、腕ひしぎ逆十字固めで、一本だ」
「へ~え、ジイジって、プロレス・ファンだったの。らしくないな。本当に人間って、つきあっていけば、意外な一面が発見できるんだ。あっし、プロレスの技なんか全く興味がない。あっしが興味持って覚えたのは、時雨茶臼、網代本手、乱れ牡丹、ひよどり越え、松葉くずし。何の技かわかるか?」
「聞いたことはあるな。特に後ろの二つ。なんとか四十八手ってやつだろ」
「おうよ。閨房技よ。風流な名が付いているだろ。江戸時代の浮世絵からきているんだ。日本の誇る好色文化は、元来、性愛の悦びにおおらかだったんだ」
「閨の技か。ジャコ、どのくらい決めたことがあるんさ」
「一応、全部、やってみたことがある。曲芸ばりのきつい技もある」
「コーラさんとは、主にどの技を使うんだ?」
「アホ、その手にもう乗るか。プライバシーの侵害だ。あっしは言ってもいいけど、コーラに悪い」

「くれぐれもヒイーヒイーだぞ。暴力をふるって泣かすなよ。暴力をふるったら、あの小娘のことだ。甘えた声でボーイフレンドをそそのかして、ジイジの土手っ腹に弾丸、撃ち込ませるぞ。この国、銃なんか簡単に手に入るんだからな」
「わかってる。あくまでも、私は紳士的さ。合意の上で、私の銃にものを言わせればいいんだろ」
「ほほう、立たずのジイジ、今日は大きく出るじゃん。今、言ったこと、忘れるんじゃないぞ。じゃないと言いふらすぞ。ジイジは、ビッグ・マウスのくせにスモ-ル・チンチンだって。いや、ビッグ・マウスのくせにチンチン・ナイナイだって」
「ハゲのくせに、つっかかるな」


マラテに戻り、引かれるように、ロビンソンの中のケーキ屋に入る。ジャコがジーナへのプレゼントを買っている間に、ケーキを3皿、ペロッと平らげる。心が少し落ち着く。甘み摂取はいらだちの沈静効果があるようだ。ジャコ、皿数を数えて、
「あれ、あれ、まあ。甘いもののやけ食いかい。糖尿病になるぞ」
「普段は食べないから、たまにはいいってことよ」
「あっし、少し早めにコーラのところに行ってお手伝いをいたす所存。でも、まだ時間があるな」
「ホテルに帰ったら、また滅入りそうだ。ジャコ、どこかで有効に時間がつぶせないかい?」
「ジイジが部屋に引きこもって悶々とするのを黙って見過ごすわけにもいかないな。どうだい、今夜は女を拾っていって、二人で引きこもってみないかい? 何でも、経験、経験」
「また、ジャコに乗せられているな」
「アホ! 乗るんだよ」
「アホ! 乗せるって、手もあるんだな」

「ジャコがパーティーで、皆で盛り上がっているときに、一人で寂しくしているのも腹立たしい。よっしゃあ、今夜は女と二人で部屋に篭城を決めた。ジイジ、今から女を獲得できるかな?」
「簡単さ。贅沢を言わず、それなりの女ならな」
「まだアイアンのヌードがちらついているんだ。アイアンのぬくもりが残っているんだ。まずい。あの小娘、私の身体に火をつけたようだ。モヤモヤしている」
「まずくないよ。一念勃起モードやろ。望んでいた状態じゃないか」
「帰っても眠れるわけがない。私の中の野蛮な男が息づいた。焼けつくように女が欲しい。10年振りくらいだな。この感覚」
「ワーオ! ジイジが色気づいた」
「からかうな」
「アイアンの前の予行演習だな。勇気を出して、頑張れよ」

「売春はしない」という自分の中の取り決めを守り抜くことも潔い身の処し方だろう。それでも、「売春はしない」というその大前提がどこから生まれ出たものなのか、自分でもわからない。出自のわからない原則というものに意味があるのだろうか。こんな状態で、クリスに「売春はいけないことだ」と諭しても納得しないだろう。アイアン同様、反感を持たれるだけだろう。

売春は許されないこと。春をひさぐ女は自制心のないだらしない女。この思いはどこから来たのか。子供のときからの擦りこみなのか? 売春について考えてみる必要がありそうだ。このままでは、売春するクリスに、とても対応できそうにもない。

売春をする側に立ってみる必要がある。
それには、女性を買ってみないことにはな。まず体験だ。百聞は一見に如かず。ジャコのビニ本と一緒さ。
 「知性だけを働かせて、綺麗ごとでものを見ていては大切なものを見逃してしまうぜ」
 「低俗野卑を身体いっぱいに浴びることで突き抜けるって境地があるんだよ」
ジャコの言葉が身に沁みる。
# by tsado16 | 2013-06-25 10:04 | 賭け

賭け(その5)

             ・・・・・・・・★5・・・・・・・
「ジイジ、アイアンの言っていた『カリフォルニア・カフェ』ってお店、行ったことありまっか?」
「マニラ新参者の私。あるわけないでしょ。行きたいとは思っていたところなんだ」
「『ナイト・ピクニック』と同じで、フリーの売春婦の集まるお店なんよ。落ち込まない夜のために、そこで、女の子、調達してみっか?」
「へ~え、ジャコはよく行くのかい?」
「今はもちろん行かないさ。でも、以前は、しばしば。いんや、毎日のように行っていた。一日一度は顔を出さないと、気持ちが落ち着かない時代もあったな」
「それは心強い。さすが、カリスマ遊び人。先生、どんなところか、事前に少し講義していただけませんか」
「いいっしょ。でも、授業料は高いよ。まあ、今週の飲み代はそっち持ちだ。それで、いいっか?」
「結構です。有り難い。持つべき友は先覚者の遊び人ですね、先生」
「先生じゃ、ちと物足りない。教授にしてくれっか。本物の元教授に教授って言わせるのは最高に気分がいいからな」
「では、いいですか。教授」
「ああ、なんだね。ジイジ君」
「こんなお呼びの仕方でよろしいでしょうか。教授」
「う~ん、いい、いい。最高にいい気分」
「教授、コーラさんといちゃいちゃしているときと、どっちが気分がいいですか?」
「愚問だな。比較するのももったいない」
「ですよね、教授。未熟な学生ですが、ひとつよろしくお願いします」
「うん、よろしい。オホン。ところで、『カリフォルニア・カフェ』について、どの程度、知識があるのかね? ジイジ君」
「全くありません。教授」
「キミイ、予習してきておらんのかね。たるんどる。勉学する態度ができとらん」
「頭脳明晰なる私。一を聞いて十を知る。聖徳太子並みの想像力で、教授の言わんとするところを理解します」
「本当だな」

「では、予備知識を与えておこう。『カリフォルニア・カフェ』は、デル・ピラール・ストリートにある。24時間オープンしている不思議なカフェなのである。ある種の目的を持った外国人の男性観光客にとってはとても有名なカフェなのである。ジイジ君、ある種の目的って、何かわかるよな?」
「もちろんです、教授。女性と金銭で性交するという目的ですね」

「よろしい。カリフォルニア・カフェには七不思議が存在する」
「一つ、どこから人が湧いてくるのか、昼も夜も真夜中も朝も、いつ行っても男と女で混雑しているのである」
「二つ、カフェなのに、客はコーヒーを飲まず、ほとんどアルコール類を飲んでいるのである」
「三つ、たとえコーヒーを注文しても、出てくるのはインスタント・コーヒーなのである」
「四つ、食事もおいてあるが、一人前注文しても、出てくる量は一人で食べるには量が多すぎる。自然の流れで、周りの姫君達に手伝ってもらうことになるのである」

「ジイジ君、ここまではいいな。メモはとったかな」
「教授、すみません。筆記用具、忘れました」
「キミイ、たるんどる。勉学する態度ができとらん」
「すいません。でも、頭脳明晰なる私。しっかり頭の中に記憶しました。お店が連日連夜、盛況なのがすごいなあ。恐るべし、オマンコの集客力ですね。して、五つ目は?」
「甘い。ジイジ君! すべてを言ってしまったら、君の勉強にならない。五つ目以降の3つは、これから、カフェに行って、君自身で探すんだよ。君への課題です」
「なるほど、自ら学ぶ姿勢が必要というわけですね。安直な道をとりがちな怠け学生の指導をよく御存じなのですね」
「まあな。頭脳明晰かもしれないが、暗愚なるチンチンの方が少しも改善の兆しがなければ、赤点をつけることになりますよ。もう少し真剣に取り組みなさい」
「はい、教授。心を入れ替えて取組みます。その先を、私が想像力を屈指して言います。是非、お聞きください」
「ジイジ君、なかなか意欲的だ。よろしい。言ってごらん」
「そのカフェには飲食以上に魅力があるものが備わっているのである。それは、ずばり、売春婦達。客はカフェで酔うことや食べることなんてどうでもいいのである。ホテルに連れ帰って、彼女達に酔い痴れ、彼女達を食べることで頭がいっぱいになっているからなのである」
「ふんふん」
「比喩的に論を展開します。そのカフェ、下半身に鬱積したものを持て余して煩悶する外国人の男達が治療を求めて殺到するのであります。そのもやもやといらだちを解消するために、お色気プンプンの看護婦達が、終日、待機しているのであります」
「ふんふん」
「色鮮やかな熱帯魚は餌の落ちてきそうなところに集まってきて、下心のある釣り人は魚のいるところに集まってくるという図式なのであります」
「そう、下心あれば魚心ってこと。ん? 魚心あれば水心か。まあ、どっちでもいい。両者の利害が一致するところで交渉が成立するということだ」
「視点を変えます。そのカフェ、セックスを通しての人間同士の熱いコミュニケーションを媒介する場、寂しさと孤独を抱えた男と女のかりそめの出会いをプロデュースする場と言ってもいいのであります」
「ああ、無難にまとめたようだな。さすが、私が見込んだ学生だけある。それ以上の深いことは、実地調査をしてまとめなさい」
「はい、努力します」

「ジイジ君、カリフォルニア・カフェは、教授の私自身にとっても、長い間、特別なお店だったのです。魚を釣り上げる気のないときでも、そこの雰囲気に浸っていると、なんだか心安らいだのです。コーラと出会う前までは、私の癒しの空間だったのです」
「へぇ~。ちょっと、脚色していないですか? 教授」
「それが、いないんだな。行けば、納得できる。ここから歩いて10分くらいのところにある。『ナイト・ピクニック』の予行演習のつもりで行ってみましょう。雰囲気だけでもつかんでおきなさい。クリスちゃんのことで、何か良いヒントが見つかるかもしれません」

「わかりました、教授。早速、お連れください。その前に実地研修にあたっての注意点を」
「そうだなあ。ジイジ君、君は顔に真面目人間と書いて歩いている。姫君達は社会の底辺で生きている女性がほとんど。抜けたところのない所作、スキのない顔では、姫君達は心をなかなか開いてくれません。楽しくないぞ」

「顔に不真面目人間と書くには、どうしたらいいんでしょう。教授」
「私の場合、地顔でいいからなんの苦労もせん。ジイジ君はどうだろう。思いっきり鼻の下を伸ばした隙だらけ顔を作りなさい。できるだけスケベに振る舞いなさい」
「それができたら、お聞きしません」
「う~ん。誰にも変身願望というものがある筈です。理性のかけらもかなぐり捨てなさい。全くの別の人格を演じるのも面白いんじゃないですか。映画俳優にでもなった気分で、汚れ役を演じ切ってみなさい」
「汚れ役か。そうか、面白そうだなあ」
「そうだ。自分を汚すというのは想像以上に快感をもたらす筈」
「教授、なんですか。それ」
「いやあ、体験的私的感想さ」

「別の人格なんて言ったけど、心の奥に眠ってばいる抑圧していきた素の自分を呼び覚ませばいいだけかもしれませんね。う~ん、ジイジ君は私とは違うから、そんなことはあり得ないか」
「いや、分かりません。私には何重にも防御本能が働いていました。本当の自分を晒す勇気がなかっただけなのかもしれません。意を決して、下半身の欲望全開のヒヒオヤジに変身します。全知全霊をあげて、スケベオヤジを演じ切ります。教授、私の演技、後で採点してください」

「よろっしい。ジイジ君、私の採点は厳しいよ。落第点の場合は後でレポート提出してもらうからな。それでもかんばしくないときは、賄賂次第で進級だな」
「教授、やっぱり、金ですか」
「学問の世界も例外ではない。色と金がものを言うのだ。そうだろう、ジイジ君」
「私には、いやはや、答えかねます。長い間、学問の世界で生きてきたもののプライドというか、矜持というか」
「その、プライドというか、矜持というか、という奴を捨てることができれば、君は一皮も二皮もむけるんです」
「教授、結局、素の自分が現れるということじゃないですか」
「ふ~む、そうなるか」

「とにかく、ドスケベのエロジジイ、体当たりで演技します。でも、教授がおっしゃるように本当の人格だったらどうしよう。きついなあ。演じている自分が心地よくて癖になったりして。なんか、そんな予感もしないでもないんです。私、今まで何かと自分を隠して抑えていたのわかっているんです。そのタガが外れたらどうなってしまうんだろう。怖いです。教授」
「いいんじゃないっすか。ジイジ君はそれくらいの方が、人間としてバランスがとれるような気もするぞ」
「そうですか。いよいよ、現場の実地研修じゃあ。自分発見の場になるかもしれない。楽しみのような、怖いような。さあ、行くぞ! 素の自分を曝け出すことを恐れないでいくぞ!」


薄暗い空。天候は相変わらずぐずついている。小雨がばらつき始めた。
カリフォルニア・カフェまで歩いていくと濡れてしまう。近くの店の軒先に入って小止みになるのを待つ。待ち時間というものは廻りの風景に目がいくもの。自転車の横にサイドカーをつけた乗り物が交差点の路上で客待ちをしている。折からの雨で一台ずつはけていく。

「教授、そこの自転車の横にサイドカーのついた乗り物、小生、乗ったことがないんです。なんと言うんですか?」
「ああ、パジャックのこと。フィリピンの人は歩くの好きじゃないみたいだ。近くでもすぐ乗物に乗りたがる。乗ってみるかい? 路地や近距離を移動するのに、適しているかもな。車が渋滞しているときなんか、車の間をぬっていけるし、日光が強烈なときなんか、陽光の直撃を受けずに移動できる。結構、重宝することもある。でも、日本人の我々は、今のように雨でも降るか、重い荷物でもない限りまず乗らないな」

ジャコがパジャックの男に声をかける。
「兄さん、『カリフォルニア・カフェ』に行きたいんだけど、幾らだい」
こちらの風体を見て外国人だと確認する。
「100ペソ」
「高いなあ。すぐじゃないか。30ペソくらいだろ。まあ、50ペソなら乗るよ」
「旦那方、今夜はお楽しみなんでしょう。100ペソ!」
「じゃあ、や~めた。歩いていくよ」
「わかりました。50ペソでいいですよ。ちっ、不景気だなあ」

男二人、パジャックで行く雨のマラテ。なんだか新鮮。
「初挑戦のカフェにいくのに、初挑戦の乗り物かい。いいねえ。いいねえ。そして、初めての体験が待ち受けている。初物づくし。何やら気持ちが昂るなあ」
「ジイジ君。ドライバーは、外国人とみると、ふっかけてくる。相場を知らないと損をするで。こちらの価格が身につくまで時間がかかるだろうけどな。これは『カリフォルニア・カフェ』についても言えることだ。商取引を実行する前に相場というものを心得ておくのが常識だ。わかるよな」
「もちろんです。後ほど御教示ください」

男二人は重い。パジャックの兄さん、息をはずませ全力でペダルを漕ぐ。田舎から出てきたばかりのような実直そうな男。頭と衣服は雨でじっとりと濡れているのに、鼻の頭と額に汗をかいている。荒い息づかいが伝わってくる。

パジャックの座席の低い位置から眼に飛び込んでくる景色。いつもと微妙に違う。斜め前を歩く傘をさした女性の後姿。下半身がクローズ・アップされて視界に入る。交互に上下するはちきれそうに揺れる尻。露わなプリプリしたふくらはぎ。きゅっと締まった足首。妙に艶めかしい。視点の位置が少し下にずれるだけでこうも違うものか。

「教授、尻を振って歩くあの女、いいですねえ。フィリピーナらしく、腰の位置が高く脚がスラリと長く伸びている。歩く度に交互に上下する左右の尻の肉の震動が伝わってくる。刺激的だ。感じるなあ。物事は違う角度から見てみろという教授のご指摘の意味。よ~く理解できました」
「ジイジ君、いいよ。いいよ。その調子。その調子」
「よ~し、乗ってきた。乗ってきたぞ」
「女性は顔だけではない。尻にも足にも声にも性格にも眼を向けて総合的に判断しなさい。頭で観察するのではなく、心の眼で直視するんだぞ。自分の中で蠢く欲望を肯定的にとらえなさい。己の官能に忠実に女性を見ていくようにしなさい。君は理性というものを捨てきれず、いつも己を抑制して、眼の前の現実に溶け込んでいこうとしなかった。今日は君自身を開放しなさい。きっと新しい発見があるはずです」
「はい、心します」

「最後にジイジ君に一番必要な注意。上から目線は絶対にいけない。彼女達のレベルに同化するんだ」
「はい、心します」
「ジイジ君。私の遊び人としての長い経験に裏づけられた、楽しめるパートナーを獲得する極意を伝授します」
「はい、心にメモします」
「売春婦との出会いとはいえ、茶の心に通じます。一期一会を心がけてください。一夜のパートナーといえども、複雑な心を持った生身の女性です。家に帰れば、おそらくは小さい子供を養っているごく普通の女性なのです。二人で一夜の物語を作るのだと、心がけてください」
「物語を作るんですね。それだけで、相手の女性がなんだか特別な存在に思われてきます」
「そうです。一夜の恋人として付き合うんです」


5分もしないうちに、カリフォニア・カフェに到着。目と鼻のさきだった。が、濡れずにすんだのはありがたい。ドライバーの男の印象もよかった。チップを加えて100ペソ手渡す。ニッと笑う兄さん。素朴な表情がなんとも言えない。フィリピンの田舎に触れた気がする。ちょっとうれしくなる。やはり、気持ちが昂っているようだ。

俺は年齢とエリートであることを理由にして、自分をがんじがらめにしていた。
変わらなければならない。自己を解放しなければならない。

ジイジは、カフェ突入を前にして、次の三点を心の中で復唱した。
視点を変えて、物事を観察するんだ!
上から目線、厳禁!
おおらかな心で相手に同化し、一夜の恋人としてつきあうんだ!
 
よっしゃ、開演だあ!!





                 ・・・・・・・・★6・・・・・・・・
パジャックを降りて、カフェの入口の前まで進む。微笑みをたたえた女性ガードマンが扉を引いてくれる。
ジイジ、袖から舞台中央に出ていく俳優のように緊張。
「行くぞ! 俺はエロジジイ、俺はヒヒオヤジ」
こぶしを固く握り、呪文のように唱える。自己暗示をかける。
店の中に一歩踏み入れる。予想と違って明るい。
が、違う。違う。漂う。空気が違う。
なんだろう。

敵意と媚の混在する空気。充満する退廃と情熱と狂気。潜伏する反逆と怨念。

無関心を装う女達。
照射される女性フェロモン。男を少し値踏みする打算的視線。
ジイジは気遅れした。あがっているようだ。無理もない。初舞台だもんな。

新参者を意地悪く一瞥する男達。白い顔と黄色い顔が半々。
「この好色野郎が」という醒めた視線。「てめえと一緒だろ」と心意気で突っぱねる。
向けられた蔑みの感情を、向けた本人に跳ね返してやる。
残るのは同化。そして、共犯者としての連帯意識。

隆志は、繊細に揺れ動くジイジの心中に構わず、住み慣れた我が家に帰ったかのように、真ん中のカウンターをまわりこんで奥の方にどんどん進んでいく。鏡張りの壁の前の薄暗いテーブルに陣取る。
「この辺があっしの定位置なんす。ここからだと、女達の動向がよく見渡せるんだ」
「なるほど。良い位置だ」

「ジイジ君、難しい顔をしない! もっとさわやかでスケベそうな顔をして」
「教授、難しい注文、出しなさんなよ。さわやかとスケベって矛盾してないかい? それでなくてもあがっているんだから。さわやかスケべって、どんな顔なんだよ」
「う~ん、悪かった。そうだなあ、陰性のスケベ面ではなく、陽性のスケベ面かな。ジイジ君は地が真面目で暗いんだから、もっと明るく! 明るく!」

ジイジはもう一度拳を握って呪文を唱える。気合を入れる。
「俺は爽やかエロオヤジ! 俺は明るいヒヒオヤジ!」
頬に力を入れて無理やり笑い顔をつくる。
間違いなく気持ちの悪いエロオヤジ風になっているに違いない。でも、なんだか楽になる。
エロオヤジを隠すのではなく、エロオヤジに見せるのが目的なんだ。
今日は隠すのではなく、見せるんだ。

薄暗さに眼が慣れてくる頃には、あたりを観察する余裕が出てくる。
女達、三々五々、テーブルについて、思い思いの時間を過ごしている。
否、過ごしているように見えるだけ。神経は男達に集中している。仕事の実入りも苦楽も男で決まる。

カラフルな下着を堂々と見せつけるのも、乳房をブラジャーできつく上に寄せて豊満に見せつけるのも常識。タトーの入った尻の割れ目が見えるまで背中を大きくあけて挑発する女。上着を開けると、下になにもつけていず、形の良い乳房をチラチラ見せる女。鏡の前に出て身体をくねらせたり、半開きの口から舌を覗かせたり、セクシーポーズをとる女。女同士でランバタ風の踊りを踊り、若さとセクシーな体型をアッピールする女。眼を伏せて無関心を装っていたのに、こちらが視線を送ると敏感に察し、艶やかに微笑んで見つめ返してくる女。

片言の日本語で話しかけてくる女もいる。
「お兄さん、日本人か。あたし、チンチン、食べるのうまいよ」
「私たち二人とホテル、一緒、行こ。かわりばんこ、セックス。楽しいよ」

「ジイジ君、これだけ女の子がいると、目移りがして、女の子を一人に絞るって作業、難しいもんだぜ」
「自分好みのいい女を探すだけでしょ。簡単。簡単」
「甘~い。私も最初のうちはよく騙された。酔ってるし、女の化粧はきついし、25歳という言葉を信じてホテルに連れ帰る。なんだか肌に張りがないとは思ったものの、一晩中、ベッドの上は、いけいけ、わっしょい。大盛り上がりよ。翌朝、目覚めると隣りに別人が寝ているんだ。50歳近い女の素顔を見てがっくり。もうやっちゃった後だしね。文字通り、後の祭りよ。やることは同じなんだけどな、後味の悪さがきついんだ。しばらく落ち込むのさ。そんな失敗を何度も繰り返して、見る目がついてくるもんさ。何事も一緒だろ」
「教授にしてそうですか。前言、撤回します」

暗い片隅で頭を垂れて、悩ましげに男たちを盗みみていた女。時期が来たとばかりにすくと立ち上がり、近づいて笑いかけてくる。
「私、キャンディー。よろしくね」
「ああ、よろしく」
「ここ、座っていい?」
「ああ、いいよ」
空いていた隣りの椅子に座り、こちらの身体にさりげなく触ってくる。拒絶しないと、いつのまにか股間をさすっている。
若い。が、ハスッパな感じ。趣味じゃない。これは、スルーだな。
女の手を戻し、だんまりを決め込む。
これは脈なしと、あきらめて、女、次のターゲットを物色し始める。

「夜になったら、もっともっと混むんですよ。圧巻ですよ。性欲と金銭欲の駆け引きが渦巻く女の競り市みたいなもん。まさに人肉市場そのものです」
「人生は経験。夜、一人で来てみます。ホテルから歩いて5分もかからないでしょ。睡眠薬代わりにビールを飲んで帰りまするよ」
「甘~い。睡眠作用より覚醒作用が働くような気がするけどな。経験的には。ハハハ」

それぞれに工夫を凝らして男達を落城させようとしている。
外部の常識が非常識。外部の非常識が常識。
180度の価値転換が必要な特殊空間。

ジイジは戸惑った。
が、時間の経過とともに、性を売り込む女達の直截さにむしろ感動していた。
その頃には爽やかなエロオヤジに変化していた。
気持ちは自然と顔に現れる。
女達が気軽に話しかけてくる。
はまったかな。

「でも、ああやって、欧米、日本、韓国、アラブの老人と若い綺麗なフィリピーナが、手に手ををつないで次から次とホテルを目指して繰り出していく様は、眉をひそめたくなる光景ですよね」
「ジイジ君。キミはまだそんなことを言っておるんか。進歩しておらんな。フィリピンという国の経済的沈滞を象徴的に表している光景なんだよ。この国の為政者達にその力不足を如実に突きつけている光景なんだよ。そうとるのが冷静で公平なものの見方というもの」
「教授、論が飛躍しすぎていて、よくわからないんですが」
「金のある老人が若い女の尻を追い回すのはどこの国でも見られる自然な現象。残り少ないこの世の思い出に若い女を連れ出していると好意的に見てやれんのかね。私にはほほえましい光景にしか見えないけどね」
「な~るほど。ある意味、カリフォルニア・カフェは、老人達が精神的に若さを取り戻す老人介護施設でもあるってわけか」
「局論を言えば、庶民の生活向上を少しも実現できない、無能なフィリピン政府は、売春を合法化し、カリフォルニア・カフェのような老人介護施設を各地に作って外貨獲得に乗り出すべきなのさ。庶民に確実に金はまわる」
「私には暴論としか思えませんが」
「ジイジ君、キミはつまらない男だな。突拍子もない発想というものが理解できないのか」

と、話している間にも、60歳近くの品のいい銀髪の白人が、まだ18、9歳の、臍だし、超ミニスカートの若い女の子の露出した腰を抱いて、仲よさそうに出ていく。
男の助平に国境はない。
# by tsado16 | 2013-06-25 10:02 | 賭け