エロいけれども、真面目だよ。


by tsado16

賭け(その1)

           ・・・・・・・・★1・・・・・・・・
午前1時をまわっているのに、眠れそうにない。
水割りを片手にホテルの窓から眼下に広がるマニラ湾の夜景を眺める。海は黒くけぶっている。大粒の雨が降っているようだ。稲光が時折海上を走る。その度に沖を行く船影が照らし出される。
その情景に不安な心が重なる。意を決して携帯電話のボタンを押す。

「ハ~イ、隆志かい、起きてたかい?」
「起きつるよ。なんだ、ジイジか。コーラだと思ったのにい」 
「夜遅く、すまん。コーラでなくて、すまん」
「すまんの安売りはいいからさ。どうしたとよ?」
「クリスのことが心配で眠れないんだ。というか、このところ、ずっとクリスのことが心にひっかかているんよ。今日のひどい落ちこみもそれが原因のようだ。明日の昼、パシフィックの雅(みやび)に、コーラさんを呼び出してもらえないかな」
「いいっすよ。今、コーラにオヤスミコールをかけようと思ってたんよ。何時にする?」
「そうだな、じゃあ、午後1時ジャスト。恩にきるよ」
「あいよ」


雑然としたマビニから一本隔たったアドリアティコの通りに入ると、雰囲気ががらりと変わる。観光客に声をかけてくる怪しげな男達も路上生活者の姿もほとんど見当たらない。庶民の日常生活の落ち着きが感じられるようになる。
「雅」は、アドリアティコのパン・パシフィックホテル3階にある日本食レストラン。エスカレーターに乗り、暖簾の掛かった日本風のつくりの入り口を入ると、天井の高い空間が広がっている。日本人の客がチラホラ。それよりも、経済的にゆとりのある中国系フィリピン人の客が目立つ。照明を落として落ち着いた雰囲気を醸し出している。
午後1時。隆志と連れ立って、お店の中を見回す。目立つようにコーラが入口に近い席に腰をおろしていた。身じろぎせず、テーブルの一点をじっと見つめている。その俯いた青白い端正な顔を見て、問題が深刻であることが伝わってくる。

3人分のランチを手早く注文。すぐ本題に入った。
「コーラさん、クリスの身に振りかかっている問題って、何ですか。ずっと気になって仕方ないんです。そのせいか、最近はよく眠れないんです」
「あら、あたしも同じ。睡眠不足ですのよ。ダーリンが支えてくれるので、心が折れないで持っていられるようなものなの」
「ダーリンって、ひょっとしてその隣りの男のこと? あれ、また、ぎょうさん御馳走様です。ダーリンはコーラさんのお役に立つのが生きがいなんです。コーラさんはやっと掴んだ希望の星なんですから」
「あら、うれしいわ。ダーリン、あなたもあたしの生きがいよ」
「てへへ。照れるにゃあ。あっしのことは良いからさ。コーラ、ジイジの心労、大変なものみたいなんだ。そのせいで今朝もジイジのジュニアが元気がなくしょんぼりしていたそうだよ」
「おい、ターリン。じゃなくて、ダーリン。余計なことは言うな。お前さんだって、使い過ぎて元気がないんだろ」
「そんなことはないわい。今朝だって、ビーンビーンよ。な、コーラ」
「あたし、知らない」
顔を赤くする。眉を寄せて困った顔をする。その表情がなんとも可愛らしい。

「コーラさん、で、クリスの問題の詳しいこと、教えてください」
コーラの顔が引き締まる。
「恥ずかしくて言いたくないんです。けど・・、けど・・、そんなこと言っていられないわよね。あたし、どうしたらいいか、わからないの」
「どんなことでも相談してください。できる限りのことはします。なんたって、クリスは、私の血の繋がっている可愛い孫なんです」
「近所の素行不良の少女が私にたれ込んできたの。クリスが援助交際をしているって」
「・・・・・」
「それどころか、美人局的なことにも巻き込まれているって」
「・・・・・」
「その子、クリスと喧嘩をしたらしくて、クリスに腹を立て困らせようとして私に告げ口してきたみたいなの」
「援助交際・・、美人局・・ ですか。まずい。そいつはまずい。極度にまずい」
「でも、その子、同時に心配もしているみたいなの。クリスは大胆なところがあるけど、軽はずみな行動などしない子。私が注意しても自分が納得しなければ素直に言うことをきくような子じゃないわ。もちろん、姉にも何も話してないの。話せないわ」
「すぐにやめさせなければいけない」
「そうですわ」

胸が絞めつけられ、キリキリと胃が痛み始めた。
私の血を分けた孫がお金のために身体を売っている。
まだ会ったことのない孫。現実感は薄い。オヤジ共に陵辱され耐えている姿が像としてはっきりとは結びはしない。が、やりきれない思いが、圧倒的な存在感を持って心を占有し蝕み始めていた。
めまいがした。クリスに会いたい。一刻も早く会いたい。会わなければならない。止めさせねばならない。強い感情が大きな波となって押し寄せてくる。

「おじいさん、クリスをだらしない子と思わないでください。あの子はあの子なりに考えていたんですわ。母親が倒れてから私一人が一家の台所を支えている状況を何とかしようと焦っていたみたいなの。自立心の強い、頭の良い子なのよ」
「早く会って話してみたい。でも、いきなり出て行って話をしても、混乱し反感を持たれる可能性が高いな。あなたが言っても聞かないのなら、知らない人同然の私がおじいさん面して言っても聞くわけがないですよね。何か良い方法を考え出さなければならない。まず、今、どんな状況に置かれているか、事態を正確に掌握する必要がありますね」
「友達のローナという子に知っている限りのことは聞き出しておきました。援助交際を始めたのはローナの方が先だったようです。怖かったけれども、どうしても欲しい服や靴があったのだそうです。仲間が欲しかったのでクリスを誘ったとのこと。でも、そのうちクリスの方が積極的になって、どんどんのめりこんでいき、ついていけなくなったそうです」
「どこで客とコンタクトしているか、わかりますか?」
「ファウラの『ナイト・ピクニック』というお店か、アドリアティコの『エレクション』というディスコだそうよ。行ったことはないけれど、名前は聞いたことはあります」
「ジャコ、そのお店、知ってる?」
「『ナイト・ピクニック』は知ってるよ。バンドが入っていて踊れるレストランバーだな。なんと言っても。観光客とフリーの売春婦が夜な夜な集まってくるお店。形の上では自由恋愛。飲食にきた客同士が酒を飲み踊りながら交渉して、カップルとなって出て行くお店と言っていいかな。どことなく怪しく危険な匂いが立ちこめている。お店に入ると肌で感じるな。男はほとんどが外国人。その筋では有名なお店でっせ。ディスコの方は知らないな」
「コーラさん、私のこと、クリスに話してありますか」
「いいえ、まだ何も」
「では、当分の間、私、日本のおじいさんがマニラに来ていることを内緒にしておいてください。一案が湧いてきたんです」
「わかりました。私からは何も言いません」
「ジャコ、今夜、その『ナイト・ピクニック』というお店に行ってみたい。つきあってくれないかい」
「悪い。今夜は駄目。コーラの娘、ジーナのバースデイ・パ―ティーをやるんだ。コーラもお仕事、お休みにした。クリスも出る予定だよ。ジイジも来るかい?」
「すごく行きたいけれど、我慢する。まだ、クリスに会わない方がいいような気がするんだ」
「わかった。明日は、コーラとジーナと一緒にカビテのビーチにお泊まりで出かけることになっている。ジイジ、『ナイト・ピクニック』、それ以降なら、喜んでつきあうぜ。世間知らずのジイジ一人では行かせられないものな。夜遊びに関しては幼稚園児同然なんだから。保護者としてついて行くってことよ。コーラも一緒に行く?」
「私、お仕事。行けないわ。それに、私の姿を見ると、クリス、逃げちゃうわよ。お二人で行って。隆志、ジイジを助けてあげてね」
「はい、コーラ女王様。おっしゃる通りにいたします」
「何よ、それ。ちょっと変よ。でも、愛してるわ、私のダーリン」
「僕もだよ、ハニー」
「お~い、お二人。ジイジのいること、忘れていないかい。汗が噴き出してきた。暑いなあ。冷房、入っているんだよな。フゥ~」


家に帰ってバースデイ・パ―ティーの用意をするというコーラと、ホテルを出たところで別れ、ジイジは隆志とロビンソンデパートの「スターバックス」でコーヒーを飲む。広く明るい店内は8分通り若者達で混みあっている。何時もの軽口モードで馬鹿を言いあっていると、気分も次第にほぐれてくる。
その合間合間に、隆志はお店の外に出て盛んに電話をしている。

「隆志、どこに電話しているんよ? まさか、昔の女じゃないだろうな」
「いや、それが、そのまさかなんだ」
「おい、おい、おい。懲りないやっちゃ。コーラさんに捨てられてもしんないよ」
「何だ。そんな言い草はないだろ。ジイジのために、一生懸命、情報収集してやっていたのによ」
「そうなんか。早とちりして、ごめん」
「昔、入れ込んで結婚寸前までいった女なんだ。その女、『ナイト・ピクニック』によく出入りしていたのを思い出してよ。電話してみたんだ。ラッキーやった。電話、繋がった」
「隆志。お前さん、頼りになるやっちゃ。男の中の男だ。昨日、あんなにやつれていたのに、今朝もまた闘魂注入したんだって。尊敬に値する。男じゃなきゃ、できない!」
「掌を返すように、バレバレのおべっか使うな。ちいともうれしくない。馬鹿にしているんやろ」
「ちいとだけな」
「だがな。あっし自身、不思議なんよ。コーラの身体に触れると、俄然、闘魂が湧き出てくる。コーラは催淫作用のある魔法の肉体の持ち主よ。触るとたちまち意気消沈していた息子に力がみなぎり、ムクムクと立ち上がるんだ」
「コーラさん、バイアグラの化身かもな」
「おい、おい、コーラの穢れなき神秘の力とバイアグラの不純な薬効を同列に扱うな」
「そうきたか」
「でもよ。今朝はさすがに意志通りに運ばないんよ。なんとか入れてはみた。けどよ。中折れという悲惨な展開にあいなってしまった。中折れなんて言葉、余の辞書にはなかったのにな」
「ざまあみろ。勃起不全と闘っている凡人の気持ち、少しはわかったか」
「バ~カ。そのままは終わらせしないさ。あっしを誰だと思っている。申し訳なくってよ。代りに濃厚なキッスのサービスよ。コーラの唾液と愛液、1時間くらい、サンミゲール3本分は啜ったかな。コーラも、よがってよがってよ。ジーナが起き出さないか、心配になったほどよ」
「あいあい、ごくろうさん。愛液って、塩味で臭みがあるんだろ」
「コーラのものはほんのり薄味で美味しいんだ。なんとも言えない独特の香りがする。それはそれで充実した時間だったんよ。どうだい。今朝の肌艶、一段といいだろ。たっぷり女性ホルモンいただいたもんね」
「あいあい、ごちそうさん。開いた口が塞がらないってことよ」

「ジイジ、ついでに、その開いた口で女性ホルモンを啜るよう努力しな。定期的に女性ホルモンは吸収しなきゃあ、肌ががさつくわ。思考力も衰えるわ。すぐに爺になってしまうぜ」
「なんかこのところ、肌の潤いも心の潤いもないんだよな。そうか、そのせいもあるか」
「あっしのこの肌艶を手に入れるのは無理だろうけど、せいぜい、頑張んな」
「本当に隆志はすごい! 前頭部の色艶なんか、最高だもんな。テカっている。なんだか一段と広くなったみたいだな。スケベ人間には禿が多いって、本当だ」
「糞ジジイ! あっしの一番気にしていること、ぺラぺラ、楽しそうに話すな。ジイジもサディストじゃないか」
「ざまあみろ」
「ふん。立たないくせに。勃起不全と禿と、どっちを取るかって、アンケートとってみろ。当然、禿だろ」
「だよな。クッ~」


「そいでよ。その女、クリスのことは知らないって。でも、『ナイト・ピクニック』にたむろっている十代の女の子の一人を紹介してくれた。その子は仲間うちの姉御的存在なんだそうだ。その子に聞けばわかるんじゃないかって」
「そうか。問題解決に向けて一歩前進やな」
「そういうこと。感謝しろよ」
「あいあい、感謝感激、アメアラレ~、神様、仏様、隆志様で~す」
「そいでよ。これから、二人でキアポにいくぞ。紹介してくれたアイアンという子に会いに行く。昼はキアポの『エクスタシー』というお店でヌード・ダンサーをしているんだそうだ」
「ジャコ、なんだか妙にはりきってるな」
「おうよ。たまにはコーラ以外の肉体も鑑賞してみたい気もするんだ」
「コーラさんと朝、たっぷりやったばかりなんだろ。お前のその際限のない性衝動、どうなっているんだ。脳の中を切り刻んで見てやりたい。やっぱりコーラさんを裏切っている」
「ジイジはすぐいい子ぶる。そんなことないって。その昔の女によ。今晩、誘われたけどよ。きっぱり断った。『あっし、結婚することになった。だから、遊べない』と言ったら、残念がっていた。あっし、結構、もてるんだな」
「ば~か。お前じゃなく、ゼニッコがもてるんだ」
「いいからよう、さあさあ、裸のネエチャンを見にいこ、見にいこ。だが、あっしはさすがに食傷気味だ。今日の主役はジイジやで。これから、ジイジの一念勃起の実践編。添い寝女獲得プロジェクトの発動や。ジイジ、しばらく、脳と心を、いい子ちゃんモードからエロエロモードに切り替えろよ。女性を素直に自然体で受け入れる準備を整えておけ。魚心がなければ水心もないんだろ。チャンスは思わぬ方向からいきなり転がってくるものさ。それをつかみとれるかどうかは心がけ次第。幸運の女神には後ろ髪がないなんて、教師面して教えてたんだろ」
「確かにい。本当に、お前はカンだけはいい」
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:10 | 賭け

賭け(その2)

           ・・・・・・・・★2・・・・・・・・・
スターバックスの前でタクシーをつかまえる。
タクシーは、マビニ、カラウ・ストリートを経て、リサール・パークの東側の道を北上する。左手にゴルフ場、右手にマニラのシティ・ホール。
渋滞にあうこともなく、10分ほどで、キアポに到着。
片側4車線の道路は、トラックが圧倒的に多い。が、ジープニー、バス、乗用車、タクシーと、ありとあらゆる車で混雑している。流れてはいるが、渋滞寸前。
商店の並んだ賑やかな通りでタクシーを降りる。歩道は人通りが多い。男も女も老いも若きもTシャツ、半ズボン、ゴムスリッパといった風のラフな服装。オシャレしている人はほとんどいない。着古した服をだらっとした感じで身につけている。雰囲気は気のおけない庶民の街。外国人観光客の姿も見かけない。
露天商が空いたスペースに途切れなく店を出してDVD、雑誌など、種種雑多の品物を売っている。歩道を100メートルほど、二人で冷やかしながら歩く。「エクスタシー」は聞くまでもなく、あっけなく見つかった。ディスコ「エクスタシー」と書かれた女性の写真をあしらった看板が出ている。お店はビルの2階らしい。道路に面した入口付近に従業員らしい男が注意深く張っている。
午後2時前。店はもう営業しているようだ。
スタイルのいい、大柄の若い女性が階段を上がっていくところだった。一瞬、こちらを振り返る。ジイジはその女の顔を一瞥して電流が走った。好みがど真ん中のストライク。それだけでなく、どこかで会ったことのあるような不思議な気持ちに誘われた。
「兄さん、お店、何時から?」
「1時からだよ。もうやってるよ」
「楽しいかい?」
「もちよ。帰りたくなくなるよ」
「可愛い女の子、いるかい?」
「粒ぞろいさ。後悔はさせないぜ」
「さっき、上がっていった子。ここの子?」
「そうだよ。最高だろ。入ったら、会えるよ」
「ディスコって出ているけど、女の子、裸で踊ってるの?」
「ステージはあるよ。後は入ってのお楽しみ。さあ、入った。入った」
最初から入るつもりである。
「面白くなかったら、にいさん、お金、返してくれよ」
「しつこいなあ。期待を裏切らないってば」
2階の入口に着く前の階段の踊り場で、警察関係者でないか、入念に観察され、カメラを預けさせられる。昼からのヌードのダンスの営業は表向きは違法のようだ。

黒い厚手のカーテンを押しのけて、店の中に入った。暗い。目が慣れていない。内部の様子がわからない。客席は結構広そうだ。客はほとんどいない雰囲気。20メートルほど離れたところにあるステージだけが強いライトに照らされている。半裸の女が身体をくねらせている。歩くのもおぼつかない。マネージャーらしき年配の女性がライトで足下を照らし案内してくれる。最前列のテーブルに座る。ステージのライトのおこぼれで明るい。サンミゲールのドラフトビールを2杯、とりあえず注文。一息ついて、ステージを見入る。

踊っている女、顔の造りもスタイルも悪くはない。ただ30歳をかなり過ぎている。
厚い化粧。露出した脂肪のついた腹。ハリのない肌。崩れかけた身体の線。年齢は隠しようもない。ジャコの顔に落胆の色が走る。女のことになるとジャコはわかり易い。ジイジも「楽しめそうにないな」と苦々しい感情がこみあげてくる。音楽までそらぞらしく響く。女の顔に浮かべた、せつなげな恍惚の表情。それすら喜劇的に見えてくる。
「あの女、子供が二人はいるな。どうシナを作ったところで彼女の世界に入り込むことは無理だ」
珍しく、ジイジの言葉は辛辣。さっき、階段を上っていった女のイメージから抜け出せていない。
「若ければ良いってものでもないが、賞味期限があきらかに切れている。がっかりだ。言葉も出てこないぜ」
ジャコも同調する。
「熟女には熟女の良さがあるって、気持ちを切り替えてみた。が、どうしても駄目だ。心が熱くならない。下半身もピクとも反応しない」
「だよな。どう見ても、心が癒されるような身体じゃないわい。金、返せ」
「まだ、払ってないだろ」
「ジイジ、もう帰りたくなった。出ようか」
「バ~カ。何しに来たと思ってる。アイアンに会うまでは帰らないよ」
「そうだったな。ごめん」

テーブルに客がついて、女にやる気が出たようだ。音楽に合わせて、手慣れた仕種で、ブラを取りバタフライを取る。すっぽんぽん。一応、ヌード・ダンサー、身体の手入れはしているようだ。元になる体形はいい。太腿から腰へかけてのむっちりとした膨らみ。垂れ気味の大きな乳房。大きな乳輪と突起した黒い乳首。中国系らしい白い肌に鬱蒼とした黒い茂み。ここにきて下半身に少し反応が出てくる。
「見る対象としては惹きつけられる物がない。が、セックスの対象としてはなかなかの身体はしている。脂がのっている」
「茂みの中の秘密の花園はビチョビチョかもな」
「ベッドの中だと反応がよさそうだ。好きものだぜ、あの女。やりすぎオーラが漂っている。ジイジ、どうだい。あの女、連れ出せるぜ」
「よしてくれ。却下! あそこまでは妥協したくない」
女はジャコの隣りの席を指差して、座ってもいいかと、合図をしてくる。レディス・ドリンクを飲もうという魂胆だ。ジャコはあわてて手を振り、拒絶のサイン。
「コーラの余韻がまだ身体に残っている。触る気もしない。これじゃあ、飲んで時間を持たせるしかないな」
「次のダンサーに期待しよう」
二人はジョッキを合わせ、ビールを一気に喉元に流しこむ。

ステージが暗くなる。アップ・テンポの音楽が流れる。フィリピノ語でのダンサーの紹介。音声が割れている。「ミス・ジャネット!」という部分だけがかろうじて聞き取れるだけ。控室から黒い影が躍り出てくる。ステージに跳び乗る。ライトが当たる。スタイルのいい若い大柄な女性。20歳前後か。出るべきところはきっちり出ている。浅黒いが張りある肌。正統派の美形ではないが、ボーイッシュで愛くるしい雰囲気。なかなかだ。素朴さがどことなく漂ってくるのも好ましい。触ると気持ちがよさそうな肉感的身体つき。突き出た尻を左右にダイナミックに振り、跳ね上げる。ブラからはみ出しそうな乳房が揺れる。セクシー。若さと女性フェロモンを惜しげもなく振りまく。身体が汗ばんできた頃、ステージ衣装を脱ぎ棄て、隠す面積のほとんどないブラとパンティだけになる。ジャコの目が点。ジイジも思わず息を飲む。

暗転。ゆっくりしたテンポの音楽に変わる。女が再び踊り出す。曲調に合わせてダンスも変化。腰を前後に細かく振る。見えない男性がいてその局部にこすり合わせるように腰をゆっくり螺旋状に回す。性交を連想させる。酒の酔いも手伝って下半身が熱くなってくる。心も熱くなっている。
ジャコは現金だ。食い入るように見つめ、リズムに合わせて身体を揺らせ、指笛まで吹き出した。
目元口元がなんとなくコーラに似ている。若いときのコーラはこんな感じだったかもしれない。

「ヒュー、ヒュー、おネエちゃん、いいぞ。いいぞ。最高!」
「ジャコ、ちょっと乗り過ぎ。抑えて、抑えて」
「気分のいいとき、乗って何がいけないんだ。楽しまなきゃ、もったいない」
手招きで、ステージの女の子を呼び寄せている。女がジャコの隣りの席に腰を下ろす。ジャコの太腿の内に手を置き、ゆっくりさする。ジャコは女の手の上に自分の手を重ね、一緒に股間のでっぱった部分に誘導する。
「どうだい? 固くなってるかい?」
「いやだあ。固いわよ」
「うっ。発射しそう。出たら、どうしよう」
「トイレに行って、自分で拭いてね」
「君、何歳?」
「まだ20歳よ」
「名前は?」
「ジャネット。さっき、アナウンスしたでしょう」
「聞いていなかった。すれていないね。田舎はどこ?」
「ボホールの近くの小さい島よ」
「田舎者なんだ」
「そんなんでもなくてよ。でも、まだマニラに来て2か月なの」
「ところでさ。アイアンってダンサー、ここにいるかな?」
一瞬、変な顔をする。
「さあ、どうかしら。あたし、新人だから。わからないわ。マネージャーに聞いてみて」
さりげなくかわされる。

「ところで、君、処女かな?」
「やだあ。そんなわけないでしょ」
「そうだよな。あの腰の動きはどうみても相当な経験者だ」
「あら、それほどでもなくてよ。でも、セックスは大好きよ。今度、試してみる?」
適度に思わせぶりなことを言ってくる。ジャコは裸の腰に手をまわし、引きよせる。

しなだれかかるジャネットの耳元に何か囁いている。ジャネットはその度にキャアキャア、笑い声を上げる。ジャコ得意の下ネタの連発のようだ。ここくらいまでなら、コーラさんも許してくれるだろう。

ジャコがいちゃついている間に、ジイジはマネージャーの女性を呼ぶ。
「お姉さん、ビール2杯追加。おつまみ食べたいんだ。メニューを持ってきて」
「わかりました」
「ところで、アイアンという子がいたら、席に呼んでほしいんだけど」
「そんな子、いないですよ」
妙な顔をして首をかしげている。
「ここに来た友達の話では、その子が最高だって言うものでね。じゃあ、帰るしかないな。食事はいらないな」
「これからいい子が踊りますよ。そう言わずにもう少し飲んでいってください。良いこと、きっと起こりますよ。食事、お決まりになりましたら、お呼びください」
「いらないって、言ってるだろ」
何か言いたそうな顔をして、女はニッと笑って立ち去る。
「アイアンに会えないのか。残念。ジャコめ、ガセネタをつかまされちゃって。アホが。でれでれ、いちゃつきやがって、いい気なもんだ。コーラさんに言ってやるか」


ジャネットのいないステージが再び暗くなる。
スピーカーから「ミス・セシリア!」との紹介。ビートのきいた音楽を背景に、ほっそりした体型の白いステージ衣装のダンサーが勢いよくステージに駆け上る。舞台照明がフェード・イン。羽のついた扇子で顔を隠している。大きく開いたお腹の部分にヘソ・ピアスが光る。
明るいライトの中、扇子を外した顔を見たとたん、ジイジの心臓が膨張する。入る時、階段を上るのを見かけた女。

眼の前のジャコとジャネット。チキンの唐揚げを交互にかじり合っている。もう長い間つきあっているカップルのように仲がいい。いつの間にか相手の心にするっと入り込んでしまうのがジャコの特技。

ジャネットは大柄で長身。浅黒い肌のむっちり体形。グラマラスでお尻が大きい。マレー系美女の魅力がたっぷり。
ステージの女は、ジャネットに劣らず、若くて背が高くスタイルがいい。が、ジャネットとは全く違う魅力を撒き散らす。
眼を奪われるのは胸の谷間。細っそりした身体にアンバランスに乳房が大きい。透き通るような白い肌。西洋の血と東洋の血の複雑なミックスを感じさせる。
後ろを向くと、お尻の上にタトーが入っている。バタフライを取って全部見たい誘惑に駆られる。

ジイジは、二人の肉体の魅力を直感的に言葉にする。思わず笑みをかみ殺す。
お尻のジャネット。おっぱいのセシリア。甲乙つけ難い素材。

顔とその醸し出す雰囲気も対照的。
ジャネットは、ボーイッシュなショートカット。よく似合っている。額にがかる前髪をかき分ける仕種が男心を惹きつける。
可愛らしいが、意志の強そうな浅黒い丸顔。大きな潤んだ眼。一直線の眉。鼻筋の通った大きめの鼻。豊かな頬の下に細い顎。薄い唇の大きな口。白い歯がのぞく。顔のパーツのバランスが絶妙にとれている。ふっくらとした頬に時折できるえくぼが愛らしさを際立てる。
外見は美少年。でも、おっとりした雰囲気が客に母性を感じさせる。素朴でぼんやりとした情感が温かさと安心感を与える。

セシリアは、艶やかな大人の女性を背伸びして演出している。
真中から分けたカールのかかった長い髪。頬骨が少し張り気味の細長い輪郭。広いおでこ。高くて細い上向きの整った鼻。大きな透き通った目。小さな口。冷たい感じを与える薄めの唇。
自由闊達な雰囲気と、神経質で繊細な雰囲気と、知的怜悧な雰囲気が混在。複雑にからみあって、一筋縄でいかない印象を与えている。
眼の表情一つを取っても、睫毛を伏せてけなげでか弱い女を演じるかと思うと、眼を上げて遠くを見る眼差しで感受性豊かで奔放な女を発信してくる。時折、威嚇するような鋭い視線を向け、負けん気の強い情熱的な女も伝えてくる。とにかく、とらえどころのない。決めつけを許し男共が心を落ち着かせることを拒否している。はまったら抜け出せない神秘の底なし沼のイメージ。

背が高いくらいしか共通点が見い出せない二人。だが、ともに傍眼を惹きつける美人であることにかわりはない。
蓼喰う虫も好き好き。
女性の好みは男によって様々。己の感性にあった女に惹きつけられる。
ジイジの嗜好はセシリアがドンピシャリ。インテリは謎の多い危険な雰囲気に弱い。

ジイジは、またぞろ、表現したくなる。キャッチフレーズ風に違いを表す言葉を捜す。
母性のジャネット。知性のセシリア。
軽すぎるな。もう一つ。
癒しの女、ジャネット。魔性の女、セシリア。
少しはましかと思ったものの、どこか違う。満足できない。
女性は、一瞬一瞬で印象も美しさも豹変する変幻自在の神秘的生き物。
そう結論つける。
でも、これはセシリアの形容じゃないか。ジイジは苦笑した。
もう、女の術中にはまってしまったか。


セシリア、ロックのリズムに合わせて、腰を振り、乳房を激しく揺する。小さいブラから乳房が何時とび出るか、はらはらする。期待する。激しい動きも、若さの特権か、少しも無理をしているという感じをいだかせない。艶然とした微笑みも板についている。
時折、長い睫毛の下からジイジに向けて流し眼を送ってくる。何故だ? その視線に射られる度、ゾクッとした電流が背骨を走り抜ける。

身体も汗ばんだところで、ステージ衣装を脱いでブラジャーとパンティだけになった。
息を呑む。発展途上の肉体。肉は、つくべきところに嫌みなくついている。が、余分な肉はない。
どうしても目が行ってしまう、ブラからこぼれ落ちそうな乳房に。男なら自然の反応。
若さに似合わぬ妖艶な魅力。不覚にも引き込まれている。
ジイジは歳がいもなく、血迷った。もう虜にされたんか?

心の囁きに抗しきれず、セシリアをテーブルに呼ぼうと行動を起こしかけた。と、その時、動きを察知したかのように、セシリア本人がステージを下りて、ジイジのところに迷いなく近づいてくる。
客への挑発的な饗応? ジイジの膝の上にまたがり首に腕をまわす。廻した手にはちきれんばかりのセシリアの若い尻。気持ちいい!
音楽に合わせ、太腿に股間を強くこすりつけてくる。薄い小さなパンティーを通して外性器の襞の感触と熱が伝わってくる。ジイジ、思考混乱。
さらに腕に力を入れ、豊かな乳房を顔に押し付けてくる。汗混じりの香水の匂いが鼻をくすぐる。乳房の弾力に息苦しくなる。ジイジ、意識朦朧。ステージの小さなライトの点滅だけがチカチカ。不思議なことに、強烈な女の匂いの中に懐かしい匂いが混じっている。気が遠くなる。若い心が蘇る。何だ、これは。
やっとの思いで顔を引き離し一息入れる。夢でも見ていたのか。ジイジ、放心状態。

思考停止。
事のなりゆきが全く理解できない。冷静になれ、冷静になれ。自分を取り戻そうと必死に言い聞かせる。
攻撃は続く。小さく開けた口から舌を覗かせ、恍惚とした表情で頬をすり寄せてくる。甘い溜息が漏れる。熱い鼻息を感じる。顔をジイジの顔の正面にずらし、突然、濡れた唇を押し付けてくる。ペーパーミントの匂い。あっけにとられる。呼吸が乱れる。
間髪入れず、強く吸われる。強引に舌をねじ込んでくる。噛んでいたガムが入ってくる。爽やかな苦味がジイジの口の中に広がる。侵入する生暖かい舌。ジイジの口の中を舐めまわす。

すれっからしの年増女?
やることが大胆。でも、相手は魅力的なうら若き女性。
その落差に度肝を抜かれた。完全に女のペース。
ジイジ、取り乱している自分を感じる。余裕が全くない。
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:08 | 賭け

賭け(その3)

           ・・・・・・・・★3・・・・・・・・
女はジイジの首に手をまわしたまま、耳元に口を寄せ、低いかすれた声で囁く。
「私、アイアンよ。よろしくね」
「えっ、・・・」
絶句する。この子がアイアン? 女の顔をまじまじと見る。
「君、セシリアじゃ、ないの?」
「それはこのお店でのステージ・ネームよ」
「お店の外では、通称だけど、アイアンと呼ばれているの。アイアンでリクエストが入ってびっくりしたわ。たまたまマネージャーがあたしの名、記憶していたからよかったんだけど。変な客じゃないかって疑っていたわ」
相変わらず、ジイジの顔を引きよせ頬ずりしながら、仔猫のような声で囁く。
「あたし、喉、乾いた。ビ―ル、飲みたいな。1杯、いただいて良い?」
「どうぞ。どうぞ。2杯でも3杯でも召し上がれ」
「オ・ニ・イ・サ・ン。ア・リ・ガ・ト・ウ」
「おっ、日本語。オ・ニ・イ・サ・ン、じゃないけどな。日本人って、ばれてたか」
「雰囲気で、わかるわよ。それに、オ・ニ・イ・サ・ンはゴマゴマすりすりよ」
右手を握って廻し、ゴマをする仕草。
「君がアイアンか。よかった。本当によかった。会いたかったよ」
「どうして、あたしを指名? 私とやりたいの?」
「今、確かに君にすごく魅かれている。でも、君をテイク・アウトしにきたわけじゃあ、ないんだ」
「なあんだ。がっかり。あたし、今、死ぬほど、まとまったお金がほしいんだ。カモだと思ったのに」
「そうか。カモになりたい気持ちもあるんだけど・・・」
「ねえ、あたしの名前、どうして、知ってるの?」

向かいの席に座っていたジャコとジャネット。眼の前で起こった一連の出来事にびっくり。話すのも忘れている。
「ジャコ、アイアンを紹介してくれた女、なんと言うんだっけ?」
「ステラって言うんだけど」

ジイジ、アイアンに向き直る。
「『ナイト・ピクニック』に出入りしているステラって女性、知ってるよね」
「ステラ姉さんね。大好きな人よ。とても親しいわ」
「そのステラに君のことを聞いたんだ」
「あら、どうして?」
「君にちょっと聞きたいことがあるんだ」
「まあ、何かしら?」
クスッと笑いながら答える。
「君、クリスって女の子、知ってるよね」
とたんに、アイアンの顔に警戒の色が走る。尋常な反応ではない。

「向かいに座っているジャネットと、クリスと、あたしは大の仲良し。というより、クリスは私達の妹分みたいなもんさ」
「へえ、クリスは君らの友達なのか。ちょっと、安心した。君達がしっかりした女性であるのは見ればわかるもの」
アイアン、甘えた舌足らずな口調から男のようなぞんざいな言葉遣いにギアを入れ替える。
「おら、おら、てめえ、調子のいいこと、言うじゃないか。何を探ってんだよ。奴らの仲間じゃあ、ないだろうな。正直に白状しろ。事と次第によっては許さないぜ」
「おお、こわ。怪しいものじゃないよ。奴らって誰?」
「ノー・コメントだ。てめえ、まだ信用できんもん」
「実は、クリスが危ないめにあっているって、耳にしたんだ。心配でたまらない。クリスに起こっていること、詳しく教えてくれないか? ステラは君なら知っていると言っている。教えてくれれば、お礼、差し上げるよ。お金、必要なんだろう」
アイアンの顔が急に怒気で真っ赤になる。眼に敵意が現れる。
「ジジイ、てめえ、なめるんじゃねえ。オイラ、身体を売っても、ダチは売らない! 何でも、金で解決がつくと思うんじゃねえ」
心の、触れてはいけない部分に触れたようだ。ジイジは慌てた。
「お金で情報を買うなんて、そんなつもりはこれっぽっちもない。信じてくれ」
「オイラとやりたいっていうなら、お金さえ払ってくれれば、いくらでもオマンコ、貸してやる。でも、ダチのことは、金じゃ、絶対にしゃべらない。見損なうな」
「悪かった。謝る。じゃあ、正直に事情を話すから、君の許す範囲で教えてくれないか」
アイアンの眼をじっと見つめ、心をこめて静かに話す。

「ジジイ、てめえ、誰なんだ?」
「私はクリスのパパをよく知っている日本人。東京から来てまだ日が浅いんだ。クリスの問題が片付くまで、しばらくマニラに滞在するつもりでいる。その間に、クリスが困っているなら、どんなことでも力になりたいんだ」
アイアンは少し落ち着いてきた。
「日本人だっていうのは、わかっていた。私もクリスもジャンネットも日本人の血が入っているんさ。皆、日本人と、中国人、韓国人とはすぐ区別がつく。その血のせいみたいだな」

「クリスのこと調べているうちに、クリスが売春をやっている。それどころか、悪い男達とグルになって、客から金銭を巻き上げているという噂を耳にしたんだ」
「そうか。そこまで知っているか。大筋は間違ってないと思っていい」
「美人局は即刻止めさせなければならない。クリスはまだ15歳。なんとか売春も止めさせたいんだ」
アイアンの顔にまた怒気が走る。
「身体を売って、何が悪いんだよ。あたしもクリスもジャネットも好きでやっているわけじゃない。皆、それぞれに事情を抱えているんだよ」
怒りの噴出というよりも、心の内に閉じ込めていた、持って行き場のない憤りを醒めた無感情で吐き捨てているという感じである。やりきれなさが伝わってくる。
「そうか・・」
ジイジは悲しい顔を向けてうなずくしかなかった。
こんないい子達が自分を無理やり納得させてオヤジ達に身体を提供している。切なくなった。

「でも、どうしてそんなにクリスに関心を持つんだ? てめえ、ロリコンの変態か? クリスみたいな可愛い少女を性的になぶりものにしたいんか? 最低の奴だな」
「そんなことは、絶対にない。君達と寝ることはしても、クリスとは絶対に寝ることはない」
「何でそこまで、クリスのことに首を突っ込む? てめえ、本当のことを言え」
「わかった。じゃあ、約束してくれ。クリスに、しばらくの間、私のこと、それから、これから話すことも内緒にしてくれないか。そうしたら、正直に話す」
アイアンもジャネットも信用していい娘とジイジは判断した。そのくらい人を見る眼はある筈だ。

アイアン、ジャネットの方を向く。
「ジャネット、話、聞いてたろ。どうする?」
「このおじさん、悪い人じゃなさそうだし、私はいいよ」
「わかった。じゃあ、私もそうする」

「ジジイのこと、クリスに言わないって、約束する。てめえの目的は何だ?」
「アイアン、その前に、私の顔をじっと見てくれ。何か、わからないか?」
アイアン、舐めるようにジイジの顔を見入る。
「クリスに似ているな。会ったときから、気になっていたんだ」
「似てるだろ。血が繋がっているんだ」
「じゃあ、お前はクリスのパパか? おかしいな。クリスからはパパは死んだと聞きいている」
「そうだ。クリスのパパは死んだ。私はパパのパパだ」
「おじいさん?」
「そう。クリスは、私の可愛い、可愛い孫なんだ」
言ってしまって、感、極まった。ジイジの眼に涙が浮かぶ。

アイアンとジャネットは顔を見合わせる。眼に納得の光が走り、敵意が消えている。
「お恥ずかしいことに、私は、クリスのパパとママの結婚に反対で、クリスのママにずっと冷たくしてきた。息子を失って、自分がひどいことをしたことに始めて気づいたんだ。クリスのママは私を拒絶している。クリスが私を受け入れてくれるかどうか、全くわからない。でも、クリスの気持ちがどうであっても、私はクリスにはできるだけのことをしてやりたい。それで、しばらく、クリスに私の素性を伏せておいてほしいんだ。クリスを心から愛している。自分の命に代えてもクリスのことを守るつもりいる。なんとか、クリスに『おじいちゃん』と呼んでもらいたい。もう仕事を引退している。ある程度のお金は持っている。クリスはもう身体を売る必要はないんだ」
「そうか、クリス、いい金づるつかんだんだ。ちっ、ちょっと、嫉妬するな。でも、クリスのこと、喜んでやらなくてわな。なっ、ジャネット」
ジャネット、うなずき返してくる。

「アイアン、今日、仕事、終わったら、クリスの問題、聞かせてくれないか?」
「ごめん。今日は夜の部も仕事が入っているんだ。悪いけど、つきあえないな」
「そうか。残念。じゃあ、明日は?」
「明日はお休み。ゆっくりお話できてよ。でも、クリスのこと、クリスだけの問題じゃあ、ないんだ。あたし達のグループ全体の今後の方向性にかかわる問題でもあるんだ。よ~く考えてみる。皆と話合ってみる。それまで待っててくれよ。携帯の番号、教えるから、ジジイのも教えておいてくれよ」
「わかった」
「ジジイ、携帯、貸せよ。あたいの番号、入れるから。ジジイの番号、もらっておいていいな」
「もちろん」
アイアン、慣れた手つきで、ジイジの携帯に自分の番号を入れ、ついでに、自分の携帯に電話をかけ、ジイジの番号も自分の携帯に登録する。あっという間の早業。
「へへ、これで金のないとき、ジジイに食事、たかれるな。シメシメ」
「了解。今、ダイアモンド・ホテルに泊まっている。ナイト・ピクニックは近いよな。『お腹がすいた。皆で美味しいもの、食べたい。出て来い』なんて内容でいいから、電話してくれないか」
アイアン、打ち解けてきている。信用されるまで、もう一歩。


「ところでよ。おじいちゃん、男だろ。助平なんだろ。あたしの若い身体、抱きたくない?」
アイアンは媚を含んだ顔を向けて言う。声音も一転している。
「そうだな。君のセクシーなダンスを見て、そんな欲望が湧いている」
「お小遣い、弾んでくれれば、明日、寝てあげてもいいのよ。あたし、結局、お金で寝る女だから」
「アイアン、もっと自分を大切にして欲しいな」
「お説教かい。あんたに私の何がわかるっていうの?」
「売春はいけないことだ。フィリピンの法律でも禁止されてるんだろ」
「この国の支配階級は法律なんか守ってはいないわよ。法律は金持ちのためにあるんだ。法律は自分達だと思っているんだから」
「どんな悪法も、法は法。破れば罰せられても仕方がないってこと。賢い君なら、理解しているよな」
「そりゃ、まあな」


「ジジイ、インテリだね。なんだか大学の先生みたい」
「まいった! 始めて会って、職業、あてられちゃった。すごい観察力だな」
「どうってことないさ。あたしのパパに、雰囲気そっくりなんだもの」
「君のパパも、大学の先生なの?」
「まあな。田舎のショボい大学だけどな。嫌な奴よ。裏表があって、口だけはうまく、誠実さのかけらもみられない奴さ。上には弱く、教育のない人間は馬鹿にする」
大学教授の娘、そう思うと、育ちの良さもどことなく漂う。親近感も手伝って、アイアンを見る眼が変わる。人間は先入観で物をみることから逃れられないようだ。
「おじいちゃんも、パパと一緒で、嫌な奴なのか?」
「う~ん。言われてみれば、そういう面があるな。特に昔の私は」


「君のパパやママが、君が身体を売っていることを知ったら、嘆き悲しむと思うよ」
「事情も知らないで、知った風なことを抜かすなよ。ジジイ」
「気に障ったらごめん」
「私のパパとママは43歳も歳が違うんだぜ。パパは家族がいるのに、ママが19歳のときに、ママを囲い者にしたんだ。ママは妾なのよ。月々、お手当てをもらって、週3回ペースで若い身体を弄ばれていたんだ。ママは身体を使ってお金をもらってた。ママは体のいい売春婦さ。私を非難なんかできやしないわ。パパは買春をやってたんだ。妾になってお金をもらうのと、売春をやってお金をもらうのどこが違うんだい?」
「法律に違反するかどうかってところなんだろうな。でも、君の言う通りかもしれない」
「そんなパパとママに私を非難する資格があると思う? もっとも、パパは3年前に78歳で死んじゃったけどね」


「おじいちゃん、お願いがあるんだ。クリスのおじいさんだから、私もおじいちゃんと呼んでいいだろ」
「いいけど。でも、どうせなら、ジイジって、呼んでくれないか。東京じゃ、そう呼ばれているんだ」
「じゃあ、ジイジ、あたしのこと、気の毒に思えるなら、あたしのパパみたいに、あたしを囲ってよ。お店で客をとるの、疲れてきているんだ。学校との気持ちの切り替え、しんどくなってきているんだ。あたし、大学を続けて勉強したいんだ。あたしを学校に行かせてよ」
「あたしを囲ってくれれば、学校に行っている時間以外は、いつでもセックスできるわよ」
「その必要はないな。立たないんだよ」
「えっ、チンチン、立たないの。大丈夫。がんばって、しゃぶってあげるわ。手と舌を使っていかせてあげるわ。私、研究熱心なんだ。うまいんだから。私の身体も、好きなだけ触って弄べるわよ」
「魅力的だ。実に魅力的な提案だ。心が動く。でも・・・」

「アイアン、今、大学に通っているのか?」
「そうよ。去年、苦労して入ったんだ。でも、授業料が払えない。今週中に払わないと、除籍さ。6万ペソ、緊急に貸してくれない?」
「それだけでいいのか? 君の向学心にほだされた。貸してやっても、いいぞ」
「ありがとう。借りるんだから、返さないとね。それがけじめというものよね。私、乞食じゃないもの」
「いい心がけだ」
「でも、実際には返すのは難しいわ。身体で払ってもいいかしら? どうせ身体で稼がなきゃ、なんないんだもの。直接、ジイジと取引したいわ。一晩、2000ペソでいいからね。だから、6万ペソだと、30回か。好きなときに私を呼び出して抱いてちょうだい。もちろん、お望みなら、クリスには内緒にするから、安心して」
「・・・・・」

「アイアンは勉強が好きなんか?」
「そんなに好きじゃないよ」
「じゃあ、何故、身体を売ってまでして勉強する」
「大学に行って良い成績を残して、私を妾の子と馬鹿にした本妻の子らより、知的にも優れた人間になって見返したいんだ。不純な動機だろ」
「あいつらの一族、パパが死ぬとすべてを奪って、あたしとママと兄さんを故郷のタクロバンから無一文で追い出したんだ。この落とし前だけはいつかきっちりつけてやるんさ。それがあたしの生きがい。あたし、復讐に燃える女なんだ」

「君のように美しくてお乳が大きい子が学問するというのは、私の常識ではどうも結びつかないんだ」
「オッパイの大きい女は、頭が弱いって、勝手に決め付けるなよ。日本のオッパイの大きい女は学問はしないんか?」
「そんなことはないんだけど」
「けど、なんだよ」
「面倒臭い学問をしなくても、オッパイで食べていけるのかな」
「私のように裸で踊ってか?」
「それもあるな」

アイアン、ジイジの片膝の上に後ろ向きで跨り、身体をジイジに預ける。後頭部をジイジの肩にもたれかけ、ジイジの手を指をはすかいに組み合わせて握り、話を続ける。時々、ジイジ唇に、唇を寄せる。
「ただね、これだけは知っておいて。クリスは組織に反抗して、危機一髪のところにあるんだ」
「なんで、また?」
「短くまとめて話せないわ。詳しい事情は、今度、会ったとき、話す」

「クリスはどうして身体を売るようになったんだ?」
「クリスの家の事情はあたしにもよくわからない。クリス、あんまり、自分のこと、しゃべらないんだ。もし、どうしても知りたかったら、カリフォルニア・カフェのグレース姉さんに聞けば、詳しいことわかるかも。クリスのママと親しいみたいよ。グレース姉さんは頼りになるわ。あたしの先生みたいなもんだから」
「カリフォルニア・カフェのグレースさんだな」
「そうよ。とても、魅力的な人。インテリ殺しなのよ。ジイジ、心、動くかも」
アイアン、片目をつぶって、いわくありげにジイジを見上げる。

「アイアン、悪いけど、君を買うことはできない。お金で女の人を自由にするなんて不道徳なこと、やっぱり私にはできない。私の今までの生き方に反する。だけど、授業料は貸してあげるよ。その代わり、クリスの情報、教えてくれるね」
「てめえ、言ったろ! お前、頭、悪いな。ダチの情報は金で売らないって。クリスの件とあたしの授業料の件はまったく別のことなんだ!」
「わかった。クリスとは関係なく、授業料は出す」
「あたしを買うのは、不道徳だっていうんだよな。あたしは不道徳な女なんだ。あたしのこの身体、汚いから買えないっていうんだな。わかったよ。もう、あんたなんかに頼まない。あたし、あんたみたいな、きれいごとを言う人のお慈悲なんてまっぴらご免よ。金はなんとか自分で作るさ。この身体、舌なめずりして、欲しがっているフィリピン人のジイサンも多いんだぜ。皆、あんたみたいな意気地なしと違って、不道徳だ。チンチン、ギンギンおっ立てて追っかけてくるんだぜ」
「・・・・・」
「お前、チンチン、立たないのも、そのウジウジした心のせいだよ。せっかく立たせてやろうと意気込んでいたのに。もう知るか」
「・・・・・」
「ジイジがあたしと寝るというのでなければ、もう会わないから。今晩、よく考えろ。あたしとセックスする気になったら、電話しろ。お前、もう60過ぎてんだろ。でも、社会というものをよくわかっていないガキだな。じゃあな。バイな」
「・・・・・」
「ジイジ、あたしが不道徳で汚いというなら、お前の愛するクリスも不道徳で汚いんだぜ。クリスが可哀そう」
アイアン、憤然として、胸をユッサユッサ、尻をプリンプリン、振りながら、足早に控え室へ消えていく。
怒っても、絵になる女。
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:06 | 賭け

賭け(その4)

                   ・・・・・・・・・・★4・・・・・・・・・・
午後4時過ぎ、ジャコを促して『エクスタシー』を出る。薄暗い室内に慣れた目が眩しい。
アイアンに会うという当初の目的は不本意ながら果たした。後は、機嫌を損ねたアイアンになんらかの対応をしなければならない。その考えがまとまらない。
踊り場で預けたカメラを返してもらい、通りに下りる。夕方に向けて混雑が増している。
午後の陽光はまだ強く明るい。
波立つ心を切り換えようとするが、釈然としない思いがつきまとって離れようとしない。
「君! 良い子いた。いた。チンコ、ビンビンよ。また来るな」
路上の呼び込み男にジャコがご機嫌に声をかける。
「旦那、嘘じゃなかったでしょ。チップ、チップ、100ペソ下さいよ」
「今度、来た時な」
「チッ、約束ですよ」
ジャコの能天気なテンションも腹立たしい。


アイアンの捨て台詞がこたえた。
 「あたしのこの身体、汚いから買えないっていうんだな」
 「お前、もう60過ぎてんだろ。でも、ガキだな。社会というものをよくわかっていない」
それ以上に、クリスが、深刻な状況に面していることを知り、不安が心の中に投じられた一石の波紋のように広がっていく。

ジャコは、構わず、通りの露店を物色して回っている。ビニールでカバーのかけられた小冊子のところで足を止め、ニヤニヤ笑いながら、店番のニイサンと軽口をたたいている。
むくれるジイジはほおっておくのが一番とばかりに、一顧だにしない。慰めもしない。


露出度の高いセクシーな女や上半身裸のハンサムな男の写真で表装された本。中身のえげつなさは、フィリピノ語が読めなくても想像がつく。
そのうちの一冊を手に取ってジャコが言う。
「若い時からビニ本・裏本の類いは趣味でねえ。あっし、自慢するほどのことでもないが、神田の神保町や新宿歌舞伎町の場末をうろつきまわっては、その時代その時代の話題性のあるもの、代表的なものは揃えてあるんだ。ちょっとしたコレクターといっていい。何時の日か骨董的な価値が出ると思って大切に保存しているんだぜ」
「フン、本当に自慢する事じゃないな」
「なんだい。その上から目線。最高に、気分が悪い。アイアンの気持ちがわかるぜ」
「気に障ったら、ごめん。でも、ありのままの感想を言っただけなんだけどな」
「そうかい。エリートの大学教授先生様だったんだもんな。遊び人の鼻つまみ者のあっしなんかとは違うか。下々の人間の気持ちなんざ、理解しようともしない」
「だから、謝っているだろ。今、その辺の態度、変えようとしているんだから」
「でも、いくらお高くとまっていても、まだ尻の青い小娘にガキ扱いされていたんでは、世話ないよな。ギャハハハ」
「なんだい。ジャコこそ、つっかかってきてるんじゃないか。腹が立つ。ムカムカしてきた」
「ギャハハハ、やっぱり、ジイジも相当に傷ついているんだ。エリートってえのは、デリケートで打たれ弱いって、本当やな」
「そうだよ。悪かったな。ほっといてくれ」

「まあ、そう言うなよ。ジイジの弱点を克服する算段を考えてやっているんだぜ」
「ありがとよ。で、なんで、ビニ本なんだよ」
「あっし、マニラでは買ったことないんよ。どんな内容か、見てみた~くなっているんだ。コレクターの好奇心、探究心ってやつだな。日本のものに比べたら、刺激が足りなくて内容が薄くて面白くないのは想像がつく。けど、一応買ってみないことにはな。百聞は一見に如かずということ。フィリピン・ビニ本事情の実態調査さ。ご機嫌斜めのジイジにも、一冊、買って進呈するよ。そろそろ、機嫌、直しなよ。還暦を過ぎても、いまだお坊ちゃん気質、抜けないんだから、困ったもんだ。アイアンはよく見抜いているよ」
「いらないよ。そんなくだらんもの。手に取るのも汚らわしい」
「何だよ。その侮蔑的態度。落ちこんでるみたいだから、優しくしてやれば、つけあがりやがってよ。ジイジの悪い癖だ。学術的で難解な本よりも、この手の俗悪なものから伝わってくる文化っていうものもあると思わなのかい?」
「思わないさ」
「常々思っていたんだけど、この際だから、はっきり言っておこう。ジイジはその視点が欠けている。というか、逃げている。知性だけを働かせて、綺麗ごとでものを見ていては、大切なものを見逃してしまうぜ。良い子ちゃんからの脱却はジイジを大きく変えるはず」
「なによ、それ。明らかにエロ系統の怪しげな著作物じゃないの」
「そうかもしれない。でも、ジイジは見もしないで、そう決めつける。そういうの先入観と言うんだろ。その実証的でない態度。学者らしくないぜ。庶民の好むものは低級だと頭ごなしに決めつけていない? 鼻につくんだよなあ。自分を支配する者の側において、上から社会を眺める態度。俯瞰するだけではなく、下の方に身をおいて眺めてみることも必要じゃないのかなあ。低俗野卑を身体いっぱいに浴びることで突き抜けるって境地があるんだよ。さっきも、アイアンのこと、ヌードダンサーの娼婦だと思って軽くみていなかったかい? 低俗を馬鹿にすると、しっぺ返しされるって。アイアンは敏感な子だから、それを感じ取って、ジイジに挑発的に振る舞ったんだぜ。きっと」
「うるさい!」
図星を指されたと思った。ここは大人のところを見せないと、ジャコにも嫌われそうだ。

「そうだなあ。その本、一見してみる価値はあるか。大衆文化研究の一資料として。アイアンへのお詫びもこめてな」
「また、そうやって、自分を正当化して安心しようとする。人間なんて、皆。そんなにできのいいもんじゃないわい。ジイジ、そうやって自分を嘘で固めて、自分の悪い子の部分、いかがわしい部分、いやらしい部分を閉じ込めてたり切り捨てたりしていて疲れないのかい?」
「そんな指摘されたのは初めてだ。クリスと会う前に、自分を変えないといけないと思い始めてはいるんだけど、何をしたらいいのか、検討もつかないんだ」
「おうさ。ジイジがもっと野蛮なケダモノになることを祈っている。そのための、この本は心のこめたプレゼントさ。受け取らないなんて許さないからな」
「わかったよ。自分で買うよ。おせっかいな奴だ」
「アイアンの態度も、もとはと言えば、ジイジがアイアンの地雷を踏んだんだぜ」
「・・・・・」

ジャコの言わんとするところが伝わってきた。裸に近い女性が表装された、妙に惹きつけられた本を1冊、自分から進んで買った。
恥ずかしいという気持ちはどこかに吹き飛んでいた。ジャコとつきあうときは見栄とか世間体とかがアホらしくなってくる。以前なら、自分が決してとらない行動をとってしまう。旅の恥はかき捨てと言われればそれまでだが。いいじゃないか、最初はそれで。
自分が変わってきている。今まで軽蔑していたものが何かしら魅力的に見えてきている。野卑な好奇心っていうのも精神衛生上はいいもんだ。
「その写真の女,アイアンに似ているな。知らず知らずのうちに、心にアイアンが根付いてしまったみたいだな。ギャハハハ」
「そうか? そう言えば似ているな。もうアイアンの術中にはまってしまったのか」

「私の中で、ジャコ化現象が起きているようだ。欲望に従って自然体で生きる。なかなかいいもんだな」
「非常に好まし~い兆候だな」
「確かに、低俗なもの、野卑なもの、貧しい人、教育のない人を軽く見ていた。軽蔑していた。自分とは関係のないものと逃げていた。庶民の好む俗悪のエネルギーの中に身を置いて、大衆の魂の叫びに触れる。そこから今までの自分を振り返ってみる必要がありそうだ」
「偽善者の取り繕いを、まず封印するんだな」

俗悪な本を体験してみよう。でも、あんまり気がすすまない。
アイアンも体験してみようか。こちらは、心が震えるように怖い。


腹が立つと甘いものが食べたくなる。これは私だけの傾向かい?
可愛いけれども、小生意気な女だった。ヌード・ダンサーではあるが、まだ十代の小娘に手ひどくこき下ろされた。鼻先であしらわれた。化粧をとって普段着になれば、まだ少女と言っても通りそうな娘。ジイジはプライドがズタズタに傷つけられた。教育者として、長年、若者を自由にあしらってきた身としては、許されない屈辱。ムシャクシャした。


帰りのタクシーの中、外の景色を眺めてはいたが、何も情報が伝わってこない。ジャコの軽口も鬱陶しく思われ、だんまりを決め込んだ。
「ジイジ、どうしたん。アイアンにボロクソに言われ、むかついているんかい?」
「そんなことはない。あんな小娘の言うこと、いちいち気にしているわけがない」
ジャコは勘が鋭い。心が読まれていると悟った。
「なあんて、強がったけどな。本当はかなり悔しい。いい歳をしてオモチャにされてしまったもんな」
「強敵だよ。あの小娘。ギャハハハ」
「人事だと思って面白がるな。友達なんだろ」
「ごめん、ごめん。ギャハハハ」
「アイアンは、日本の学生なんかより、はるかに社会を知っているな。人の心を読んで交渉してくる。日本の学生と違って御しにくい」
「アイアンのような女性は、知識はないかもしれないが、知恵はあるんさ。海千山千の外国人の男との修羅場を何度もくぐり抜けてきている。踏んだ場数が違うだ」
「癪にさわるけど、あのピチピチヌード、眼の奥の方にまだちらついてる。あの寸足らずの鼻にかかった話し方、内耳の三半規管の辺りにこびりついている。何かを惹きつけるものの持っている魅力的な娘であることだけは認めざるを得ない」
「自分の思い通りにいかない女は気になるものよ。ジイジにも、まだそんな感情、残っていたんだ。ギャハハハ」
「ギャハハハ、ギャハハハ、うるさいんだよう。ああ、腹が立つ」


「メラメラと闘志が湧いてきている。あの糞生意気な小娘、グウの音も出ないくらいに痛めつけてやる。膝まずかせて後悔させて泣かせてやる」
「ジイジが珍しく感情を荒立てている。ギャハハハ。まあ、まあ、まあ。急がず、じっくりと攻め落とすとよ。難しければ難しいほど、攻略したときの喜びは大きいものだ」
「小娘と油断したのがいけなかった」
「ジイジ君VSアイアン姫。1ラウンドは、姫の圧倒的優勢勝ちい!!」
「腹がたつけど、その判定は受け入れざるを得ない。でも、気持ちをひきしめ、巻き返す。2回戦は一方的勝利さ。泣かせてやる」
「シクシク、泣かせるの? ワァーンワァーン、泣かせるの? ヒイーヒイー、泣かせるの?」
「そんなこと、まだ考えていない。とにかく泣かせるんだ」
「ベッドの上でヒイーヒイーじゃないと、意味ないぞ」
「よしや。それも選択肢の一つにいれておく。でも、息子の体力的なことを考えると現実的には無理かもしれない。とにかくフォール勝ち1本で決着をつける」
「ギャハハハ、ジイジが、らしくなく、燃えてやがる。いい女だと、ジイジも燃えるんだ」
「だよな。たまには興奮するのもいいもんだ。ワクワクしてきた。ジャコ、どっちが勝つと思う?」
「小娘に返り討ちにあいそうな気もするな。ジイジ、相手は難敵だで。何か賭けるかい」
「面白い。受けて立ってやる」
「あれ、ジイジ、賭け事、嫌いじゃあ、なかったの?」
「時と場合によるわ。男の估券に関わることじゃ。本気でやるよ」
「違う。男の股間に関わることや」
「高角度前方回転エビ固め、もしくは、腕ひしぎ逆十字固めで、一本だ」
「へ~え、ジイジって、プロレス・ファンだったの。らしくないな。本当に人間って、つきあっていけば、意外な一面が発見できるんだ。あっし、プロレスの技なんか全く興味がない。あっしが興味持って覚えたのは、時雨茶臼、網代本手、乱れ牡丹、ひよどり越え、松葉くずし。何の技かわかるか?」
「聞いたことはあるな。特に後ろの二つ。なんとか四十八手ってやつだろ」
「おうよ。閨房技よ。風流な名が付いているだろ。江戸時代の浮世絵からきているんだ。日本の誇る好色文化は、元来、性愛の悦びにおおらかだったんだ」
「閨の技か。ジャコ、どのくらい決めたことがあるんさ」
「一応、全部、やってみたことがある。曲芸ばりのきつい技もある」
「コーラさんとは、主にどの技を使うんだ?」
「アホ、その手にもう乗るか。プライバシーの侵害だ。あっしは言ってもいいけど、コーラに悪い」

「くれぐれもヒイーヒイーだぞ。暴力をふるって泣かすなよ。暴力をふるったら、あの小娘のことだ。甘えた声でボーイフレンドをそそのかして、ジイジの土手っ腹に弾丸、撃ち込ませるぞ。この国、銃なんか簡単に手に入るんだからな」
「わかってる。あくまでも、私は紳士的さ。合意の上で、私の銃にものを言わせればいいんだろ」
「ほほう、立たずのジイジ、今日は大きく出るじゃん。今、言ったこと、忘れるんじゃないぞ。じゃないと言いふらすぞ。ジイジは、ビッグ・マウスのくせにスモ-ル・チンチンだって。いや、ビッグ・マウスのくせにチンチン・ナイナイだって」
「ハゲのくせに、つっかかるな」


マラテに戻り、引かれるように、ロビンソンの中のケーキ屋に入る。ジャコがジーナへのプレゼントを買っている間に、ケーキを3皿、ペロッと平らげる。心が少し落ち着く。甘み摂取はいらだちの沈静効果があるようだ。ジャコ、皿数を数えて、
「あれ、あれ、まあ。甘いもののやけ食いかい。糖尿病になるぞ」
「普段は食べないから、たまにはいいってことよ」
「あっし、少し早めにコーラのところに行ってお手伝いをいたす所存。でも、まだ時間があるな」
「ホテルに帰ったら、また滅入りそうだ。ジャコ、どこかで有効に時間がつぶせないかい?」
「ジイジが部屋に引きこもって悶々とするのを黙って見過ごすわけにもいかないな。どうだい、今夜は女を拾っていって、二人で引きこもってみないかい? 何でも、経験、経験」
「また、ジャコに乗せられているな」
「アホ! 乗るんだよ」
「アホ! 乗せるって、手もあるんだな」

「ジャコがパーティーで、皆で盛り上がっているときに、一人で寂しくしているのも腹立たしい。よっしゃあ、今夜は女と二人で部屋に篭城を決めた。ジイジ、今から女を獲得できるかな?」
「簡単さ。贅沢を言わず、それなりの女ならな」
「まだアイアンのヌードがちらついているんだ。アイアンのぬくもりが残っているんだ。まずい。あの小娘、私の身体に火をつけたようだ。モヤモヤしている」
「まずくないよ。一念勃起モードやろ。望んでいた状態じゃないか」
「帰っても眠れるわけがない。私の中の野蛮な男が息づいた。焼けつくように女が欲しい。10年振りくらいだな。この感覚」
「ワーオ! ジイジが色気づいた」
「からかうな」
「アイアンの前の予行演習だな。勇気を出して、頑張れよ」

「売春はしない」という自分の中の取り決めを守り抜くことも潔い身の処し方だろう。それでも、「売春はしない」というその大前提がどこから生まれ出たものなのか、自分でもわからない。出自のわからない原則というものに意味があるのだろうか。こんな状態で、クリスに「売春はいけないことだ」と諭しても納得しないだろう。アイアン同様、反感を持たれるだけだろう。

売春は許されないこと。春をひさぐ女は自制心のないだらしない女。この思いはどこから来たのか。子供のときからの擦りこみなのか? 売春について考えてみる必要がありそうだ。このままでは、売春するクリスに、とても対応できそうにもない。

売春をする側に立ってみる必要がある。
それには、女性を買ってみないことにはな。まず体験だ。百聞は一見に如かず。ジャコのビニ本と一緒さ。
 「知性だけを働かせて、綺麗ごとでものを見ていては大切なものを見逃してしまうぜ」
 「低俗野卑を身体いっぱいに浴びることで突き抜けるって境地があるんだよ」
ジャコの言葉が身に沁みる。
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:04 | 賭け

賭け(その5)

             ・・・・・・・・★5・・・・・・・
「ジイジ、アイアンの言っていた『カリフォルニア・カフェ』ってお店、行ったことありまっか?」
「マニラ新参者の私。あるわけないでしょ。行きたいとは思っていたところなんだ」
「『ナイト・ピクニック』と同じで、フリーの売春婦の集まるお店なんよ。落ち込まない夜のために、そこで、女の子、調達してみっか?」
「へ~え、ジャコはよく行くのかい?」
「今はもちろん行かないさ。でも、以前は、しばしば。いんや、毎日のように行っていた。一日一度は顔を出さないと、気持ちが落ち着かない時代もあったな」
「それは心強い。さすが、カリスマ遊び人。先生、どんなところか、事前に少し講義していただけませんか」
「いいっしょ。でも、授業料は高いよ。まあ、今週の飲み代はそっち持ちだ。それで、いいっか?」
「結構です。有り難い。持つべき友は先覚者の遊び人ですね、先生」
「先生じゃ、ちと物足りない。教授にしてくれっか。本物の元教授に教授って言わせるのは最高に気分がいいからな」
「では、いいですか。教授」
「ああ、なんだね。ジイジ君」
「こんなお呼びの仕方でよろしいでしょうか。教授」
「う~ん、いい、いい。最高にいい気分」
「教授、コーラさんといちゃいちゃしているときと、どっちが気分がいいですか?」
「愚問だな。比較するのももったいない」
「ですよね、教授。未熟な学生ですが、ひとつよろしくお願いします」
「うん、よろしい。オホン。ところで、『カリフォルニア・カフェ』について、どの程度、知識があるのかね? ジイジ君」
「全くありません。教授」
「キミイ、予習してきておらんのかね。たるんどる。勉学する態度ができとらん」
「頭脳明晰なる私。一を聞いて十を知る。聖徳太子並みの想像力で、教授の言わんとするところを理解します」
「本当だな」

「では、予備知識を与えておこう。『カリフォルニア・カフェ』は、デル・ピラール・ストリートにある。24時間オープンしている不思議なカフェなのである。ある種の目的を持った外国人の男性観光客にとってはとても有名なカフェなのである。ジイジ君、ある種の目的って、何かわかるよな?」
「もちろんです、教授。女性と金銭で性交するという目的ですね」

「よろしい。カリフォルニア・カフェには七不思議が存在する」
「一つ、どこから人が湧いてくるのか、昼も夜も真夜中も朝も、いつ行っても男と女で混雑しているのである」
「二つ、カフェなのに、客はコーヒーを飲まず、ほとんどアルコール類を飲んでいるのである」
「三つ、たとえコーヒーを注文しても、出てくるのはインスタント・コーヒーなのである」
「四つ、食事もおいてあるが、一人前注文しても、出てくる量は一人で食べるには量が多すぎる。自然の流れで、周りの姫君達に手伝ってもらうことになるのである」

「ジイジ君、ここまではいいな。メモはとったかな」
「教授、すみません。筆記用具、忘れました」
「キミイ、たるんどる。勉学する態度ができとらん」
「すいません。でも、頭脳明晰なる私。しっかり頭の中に記憶しました。お店が連日連夜、盛況なのがすごいなあ。恐るべし、オマンコの集客力ですね。して、五つ目は?」
「甘い。ジイジ君! すべてを言ってしまったら、君の勉強にならない。五つ目以降の3つは、これから、カフェに行って、君自身で探すんだよ。君への課題です」
「なるほど、自ら学ぶ姿勢が必要というわけですね。安直な道をとりがちな怠け学生の指導をよく御存じなのですね」
「まあな。頭脳明晰かもしれないが、暗愚なるチンチンの方が少しも改善の兆しがなければ、赤点をつけることになりますよ。もう少し真剣に取り組みなさい」
「はい、教授。心を入れ替えて取組みます。その先を、私が想像力を屈指して言います。是非、お聞きください」
「ジイジ君、なかなか意欲的だ。よろしい。言ってごらん」
「そのカフェには飲食以上に魅力があるものが備わっているのである。それは、ずばり、売春婦達。客はカフェで酔うことや食べることなんてどうでもいいのである。ホテルに連れ帰って、彼女達に酔い痴れ、彼女達を食べることで頭がいっぱいになっているからなのである」
「ふんふん」
「比喩的に論を展開します。そのカフェ、下半身に鬱積したものを持て余して煩悶する外国人の男達が治療を求めて殺到するのであります。そのもやもやといらだちを解消するために、お色気プンプンの看護婦達が、終日、待機しているのであります」
「ふんふん」
「色鮮やかな熱帯魚は餌の落ちてきそうなところに集まってきて、下心のある釣り人は魚のいるところに集まってくるという図式なのであります」
「そう、下心あれば魚心ってこと。ん? 魚心あれば水心か。まあ、どっちでもいい。両者の利害が一致するところで交渉が成立するということだ」
「視点を変えます。そのカフェ、セックスを通しての人間同士の熱いコミュニケーションを媒介する場、寂しさと孤独を抱えた男と女のかりそめの出会いをプロデュースする場と言ってもいいのであります」
「ああ、無難にまとめたようだな。さすが、私が見込んだ学生だけある。それ以上の深いことは、実地調査をしてまとめなさい」
「はい、努力します」

「ジイジ君、カリフォルニア・カフェは、教授の私自身にとっても、長い間、特別なお店だったのです。魚を釣り上げる気のないときでも、そこの雰囲気に浸っていると、なんだか心安らいだのです。コーラと出会う前までは、私の癒しの空間だったのです」
「へぇ~。ちょっと、脚色していないですか? 教授」
「それが、いないんだな。行けば、納得できる。ここから歩いて10分くらいのところにある。『ナイト・ピクニック』の予行演習のつもりで行ってみましょう。雰囲気だけでもつかんでおきなさい。クリスちゃんのことで、何か良いヒントが見つかるかもしれません」

「わかりました、教授。早速、お連れください。その前に実地研修にあたっての注意点を」
「そうだなあ。ジイジ君、君は顔に真面目人間と書いて歩いている。姫君達は社会の底辺で生きている女性がほとんど。抜けたところのない所作、スキのない顔では、姫君達は心をなかなか開いてくれません。楽しくないぞ」

「顔に不真面目人間と書くには、どうしたらいいんでしょう。教授」
「私の場合、地顔でいいからなんの苦労もせん。ジイジ君はどうだろう。思いっきり鼻の下を伸ばした隙だらけ顔を作りなさい。できるだけスケベに振る舞いなさい」
「それができたら、お聞きしません」
「う~ん。誰にも変身願望というものがある筈です。理性のかけらもかなぐり捨てなさい。全くの別の人格を演じるのも面白いんじゃないですか。映画俳優にでもなった気分で、汚れ役を演じ切ってみなさい」
「汚れ役か。そうか、面白そうだなあ」
「そうだ。自分を汚すというのは想像以上に快感をもたらす筈」
「教授、なんですか。それ」
「いやあ、体験的私的感想さ」

「別の人格なんて言ったけど、心の奥に眠ってばいる抑圧していきた素の自分を呼び覚ませばいいだけかもしれませんね。う~ん、ジイジ君は私とは違うから、そんなことはあり得ないか」
「いや、分かりません。私には何重にも防御本能が働いていました。本当の自分を晒す勇気がなかっただけなのかもしれません。意を決して、下半身の欲望全開のヒヒオヤジに変身します。全知全霊をあげて、スケベオヤジを演じ切ります。教授、私の演技、後で採点してください」

「よろっしい。ジイジ君、私の採点は厳しいよ。落第点の場合は後でレポート提出してもらうからな。それでもかんばしくないときは、賄賂次第で進級だな」
「教授、やっぱり、金ですか」
「学問の世界も例外ではない。色と金がものを言うのだ。そうだろう、ジイジ君」
「私には、いやはや、答えかねます。長い間、学問の世界で生きてきたもののプライドというか、矜持というか」
「その、プライドというか、矜持というか、という奴を捨てることができれば、君は一皮も二皮もむけるんです」
「教授、結局、素の自分が現れるということじゃないですか」
「ふ~む、そうなるか」

「とにかく、ドスケベのエロジジイ、体当たりで演技します。でも、教授がおっしゃるように本当の人格だったらどうしよう。きついなあ。演じている自分が心地よくて癖になったりして。なんか、そんな予感もしないでもないんです。私、今まで何かと自分を隠して抑えていたのわかっているんです。そのタガが外れたらどうなってしまうんだろう。怖いです。教授」
「いいんじゃないっすか。ジイジ君はそれくらいの方が、人間としてバランスがとれるような気もするぞ」
「そうですか。いよいよ、現場の実地研修じゃあ。自分発見の場になるかもしれない。楽しみのような、怖いような。さあ、行くぞ! 素の自分を曝け出すことを恐れないでいくぞ!」


薄暗い空。天候は相変わらずぐずついている。小雨がばらつき始めた。
カリフォルニア・カフェまで歩いていくと濡れてしまう。近くの店の軒先に入って小止みになるのを待つ。待ち時間というものは廻りの風景に目がいくもの。自転車の横にサイドカーをつけた乗り物が交差点の路上で客待ちをしている。折からの雨で一台ずつはけていく。

「教授、そこの自転車の横にサイドカーのついた乗り物、小生、乗ったことがないんです。なんと言うんですか?」
「ああ、パジャックのこと。フィリピンの人は歩くの好きじゃないみたいだ。近くでもすぐ乗物に乗りたがる。乗ってみるかい? 路地や近距離を移動するのに、適しているかもな。車が渋滞しているときなんか、車の間をぬっていけるし、日光が強烈なときなんか、陽光の直撃を受けずに移動できる。結構、重宝することもある。でも、日本人の我々は、今のように雨でも降るか、重い荷物でもない限りまず乗らないな」

ジャコがパジャックの男に声をかける。
「兄さん、『カリフォルニア・カフェ』に行きたいんだけど、幾らだい」
こちらの風体を見て外国人だと確認する。
「100ペソ」
「高いなあ。すぐじゃないか。30ペソくらいだろ。まあ、50ペソなら乗るよ」
「旦那方、今夜はお楽しみなんでしょう。100ペソ!」
「じゃあ、や~めた。歩いていくよ」
「わかりました。50ペソでいいですよ。ちっ、不景気だなあ」

男二人、パジャックで行く雨のマラテ。なんだか新鮮。
「初挑戦のカフェにいくのに、初挑戦の乗り物かい。いいねえ。いいねえ。そして、初めての体験が待ち受けている。初物づくし。何やら気持ちが昂るなあ」
「ジイジ君。ドライバーは、外国人とみると、ふっかけてくる。相場を知らないと損をするで。こちらの価格が身につくまで時間がかかるだろうけどな。これは『カリフォルニア・カフェ』についても言えることだ。商取引を実行する前に相場というものを心得ておくのが常識だ。わかるよな」
「もちろんです。後ほど御教示ください」

男二人は重い。パジャックの兄さん、息をはずませ全力でペダルを漕ぐ。田舎から出てきたばかりのような実直そうな男。頭と衣服は雨でじっとりと濡れているのに、鼻の頭と額に汗をかいている。荒い息づかいが伝わってくる。

パジャックの座席の低い位置から眼に飛び込んでくる景色。いつもと微妙に違う。斜め前を歩く傘をさした女性の後姿。下半身がクローズ・アップされて視界に入る。交互に上下するはちきれそうに揺れる尻。露わなプリプリしたふくらはぎ。きゅっと締まった足首。妙に艶めかしい。視点の位置が少し下にずれるだけでこうも違うものか。

「教授、尻を振って歩くあの女、いいですねえ。フィリピーナらしく、腰の位置が高く脚がスラリと長く伸びている。歩く度に交互に上下する左右の尻の肉の震動が伝わってくる。刺激的だ。感じるなあ。物事は違う角度から見てみろという教授のご指摘の意味。よ~く理解できました」
「ジイジ君、いいよ。いいよ。その調子。その調子」
「よ~し、乗ってきた。乗ってきたぞ」
「女性は顔だけではない。尻にも足にも声にも性格にも眼を向けて総合的に判断しなさい。頭で観察するのではなく、心の眼で直視するんだぞ。自分の中で蠢く欲望を肯定的にとらえなさい。己の官能に忠実に女性を見ていくようにしなさい。君は理性というものを捨てきれず、いつも己を抑制して、眼の前の現実に溶け込んでいこうとしなかった。今日は君自身を開放しなさい。きっと新しい発見があるはずです」
「はい、心します」

「最後にジイジ君に一番必要な注意。上から目線は絶対にいけない。彼女達のレベルに同化するんだ」
「はい、心します」
「ジイジ君。私の遊び人としての長い経験に裏づけられた、楽しめるパートナーを獲得する極意を伝授します」
「はい、心にメモします」
「売春婦との出会いとはいえ、茶の心に通じます。一期一会を心がけてください。一夜のパートナーといえども、複雑な心を持った生身の女性です。家に帰れば、おそらくは小さい子供を養っているごく普通の女性なのです。二人で一夜の物語を作るのだと、心がけてください」
「物語を作るんですね。それだけで、相手の女性がなんだか特別な存在に思われてきます」
「そうです。一夜の恋人として付き合うんです」


5分もしないうちに、カリフォニア・カフェに到着。目と鼻のさきだった。が、濡れずにすんだのはありがたい。ドライバーの男の印象もよかった。チップを加えて100ペソ手渡す。ニッと笑う兄さん。素朴な表情がなんとも言えない。フィリピンの田舎に触れた気がする。ちょっとうれしくなる。やはり、気持ちが昂っているようだ。

俺は年齢とエリートであることを理由にして、自分をがんじがらめにしていた。
変わらなければならない。自己を解放しなければならない。

ジイジは、カフェ突入を前にして、次の三点を心の中で復唱した。
視点を変えて、物事を観察するんだ!
上から目線、厳禁!
おおらかな心で相手に同化し、一夜の恋人としてつきあうんだ!
 
よっしゃ、開演だあ!!





                 ・・・・・・・・★6・・・・・・・・
パジャックを降りて、カフェの入口の前まで進む。微笑みをたたえた女性ガードマンが扉を引いてくれる。
ジイジ、袖から舞台中央に出ていく俳優のように緊張。
「行くぞ! 俺はエロジジイ、俺はヒヒオヤジ」
こぶしを固く握り、呪文のように唱える。自己暗示をかける。
店の中に一歩踏み入れる。予想と違って明るい。
が、違う。違う。漂う。空気が違う。
なんだろう。

敵意と媚の混在する空気。充満する退廃と情熱と狂気。潜伏する反逆と怨念。

無関心を装う女達。
照射される女性フェロモン。男を少し値踏みする打算的視線。
ジイジは気遅れした。あがっているようだ。無理もない。初舞台だもんな。

新参者を意地悪く一瞥する男達。白い顔と黄色い顔が半々。
「この好色野郎が」という醒めた視線。「てめえと一緒だろ」と心意気で突っぱねる。
向けられた蔑みの感情を、向けた本人に跳ね返してやる。
残るのは同化。そして、共犯者としての連帯意識。

隆志は、繊細に揺れ動くジイジの心中に構わず、住み慣れた我が家に帰ったかのように、真ん中のカウンターをまわりこんで奥の方にどんどん進んでいく。鏡張りの壁の前の薄暗いテーブルに陣取る。
「この辺があっしの定位置なんす。ここからだと、女達の動向がよく見渡せるんだ」
「なるほど。良い位置だ」

「ジイジ君、難しい顔をしない! もっとさわやかでスケベそうな顔をして」
「教授、難しい注文、出しなさんなよ。さわやかとスケベって矛盾してないかい? それでなくてもあがっているんだから。さわやかスケべって、どんな顔なんだよ」
「う~ん、悪かった。そうだなあ、陰性のスケベ面ではなく、陽性のスケベ面かな。ジイジ君は地が真面目で暗いんだから、もっと明るく! 明るく!」

ジイジはもう一度拳を握って呪文を唱える。気合を入れる。
「俺は爽やかエロオヤジ! 俺は明るいヒヒオヤジ!」
頬に力を入れて無理やり笑い顔をつくる。
間違いなく気持ちの悪いエロオヤジ風になっているに違いない。でも、なんだか楽になる。
エロオヤジを隠すのではなく、エロオヤジに見せるのが目的なんだ。
今日は隠すのではなく、見せるんだ。

薄暗さに眼が慣れてくる頃には、あたりを観察する余裕が出てくる。
女達、三々五々、テーブルについて、思い思いの時間を過ごしている。
否、過ごしているように見えるだけ。神経は男達に集中している。仕事の実入りも苦楽も男で決まる。

カラフルな下着を堂々と見せつけるのも、乳房をブラジャーできつく上に寄せて豊満に見せつけるのも常識。タトーの入った尻の割れ目が見えるまで背中を大きくあけて挑発する女。上着を開けると、下になにもつけていず、形の良い乳房をチラチラ見せる女。鏡の前に出て身体をくねらせたり、半開きの口から舌を覗かせたり、セクシーポーズをとる女。女同士でランバタ風の踊りを踊り、若さとセクシーな体型をアッピールする女。眼を伏せて無関心を装っていたのに、こちらが視線を送ると敏感に察し、艶やかに微笑んで見つめ返してくる女。

片言の日本語で話しかけてくる女もいる。
「お兄さん、日本人か。あたし、チンチン、食べるのうまいよ」
「私たち二人とホテル、一緒、行こ。かわりばんこ、セックス。楽しいよ」

「ジイジ君、これだけ女の子がいると、目移りがして、女の子を一人に絞るって作業、難しいもんだぜ」
「自分好みのいい女を探すだけでしょ。簡単。簡単」
「甘~い。私も最初のうちはよく騙された。酔ってるし、女の化粧はきついし、25歳という言葉を信じてホテルに連れ帰る。なんだか肌に張りがないとは思ったものの、一晩中、ベッドの上は、いけいけ、わっしょい。大盛り上がりよ。翌朝、目覚めると隣りに別人が寝ているんだ。50歳近い女の素顔を見てがっくり。もうやっちゃった後だしね。文字通り、後の祭りよ。やることは同じなんだけどな、後味の悪さがきついんだ。しばらく落ち込むのさ。そんな失敗を何度も繰り返して、見る目がついてくるもんさ。何事も一緒だろ」
「教授にしてそうですか。前言、撤回します」

暗い片隅で頭を垂れて、悩ましげに男たちを盗みみていた女。時期が来たとばかりにすくと立ち上がり、近づいて笑いかけてくる。
「私、キャンディー。よろしくね」
「ああ、よろしく」
「ここ、座っていい?」
「ああ、いいよ」
空いていた隣りの椅子に座り、こちらの身体にさりげなく触ってくる。拒絶しないと、いつのまにか股間をさすっている。
若い。が、ハスッパな感じ。趣味じゃない。これは、スルーだな。
女の手を戻し、だんまりを決め込む。
これは脈なしと、あきらめて、女、次のターゲットを物色し始める。

「夜になったら、もっともっと混むんですよ。圧巻ですよ。性欲と金銭欲の駆け引きが渦巻く女の競り市みたいなもん。まさに人肉市場そのものです」
「人生は経験。夜、一人で来てみます。ホテルから歩いて5分もかからないでしょ。睡眠薬代わりにビールを飲んで帰りまするよ」
「甘~い。睡眠作用より覚醒作用が働くような気がするけどな。経験的には。ハハハ」

それぞれに工夫を凝らして男達を落城させようとしている。
外部の常識が非常識。外部の非常識が常識。
180度の価値転換が必要な特殊空間。

ジイジは戸惑った。
が、時間の経過とともに、性を売り込む女達の直截さにむしろ感動していた。
その頃には爽やかなエロオヤジに変化していた。
気持ちは自然と顔に現れる。
女達が気軽に話しかけてくる。
はまったかな。

「でも、ああやって、欧米、日本、韓国、アラブの老人と若い綺麗なフィリピーナが、手に手ををつないで次から次とホテルを目指して繰り出していく様は、眉をひそめたくなる光景ですよね」
「ジイジ君。キミはまだそんなことを言っておるんか。進歩しておらんな。フィリピンという国の経済的沈滞を象徴的に表している光景なんだよ。この国の為政者達にその力不足を如実に突きつけている光景なんだよ。そうとるのが冷静で公平なものの見方というもの」
「教授、論が飛躍しすぎていて、よくわからないんですが」
「金のある老人が若い女の尻を追い回すのはどこの国でも見られる自然な現象。残り少ないこの世の思い出に若い女を連れ出していると好意的に見てやれんのかね。私にはほほえましい光景にしか見えないけどね」
「な~るほど。ある意味、カリフォルニア・カフェは、老人達が精神的に若さを取り戻す老人介護施設でもあるってわけか」
「局論を言えば、庶民の生活向上を少しも実現できない、無能なフィリピン政府は、売春を合法化し、カリフォルニア・カフェのような老人介護施設を各地に作って外貨獲得に乗り出すべきなのさ。庶民に確実に金はまわる」
「私には暴論としか思えませんが」
「ジイジ君、キミはつまらない男だな。突拍子もない発想というものが理解できないのか」

と、話している間にも、60歳近くの品のいい銀髪の白人が、まだ18、9歳の、臍だし、超ミニスカートの若い女の子の露出した腰を抱いて、仲よさそうに出ていく。
男の助平に国境はない。
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:02 | 賭け

賭け(その6)

                  ・・・・・・・・★7・・・・・・・
「教授、売春は絶対悪なんでしょうか?」
「ジイジ君、何、寝言、言ってるの。常識で考えなさい。絶対悪であるわけがないでしょう」
「ですよね。自分が女性を買うことを実践しようとしている今。ちょっと気になってしまって・・・」
「君の気持ちはわからないでもない。私は、若い頃から、女を買うのが好きでねえ。これでも自分の好色性が心配になったことがあるんよ。で、自分のしていることを正当化するため、売春の歴史を始めとして、売春と関わりのある本を片っ端から読み漁った。理論武装したんよ」
「教授は教授なりに苦労しているんだ、今の地位をタナボタ式に手に入れたわけでもないんだな。ハハハ」
「あたり前よ。ジイジ君、見えないところで努力する。学問を志す者としては、当然のことだろ」

「国によって、公認の売春婦や売春街が存在する。また、表向きは禁止されている国でも、必ず抜け道が用意されているものだ。どんな権力をしても、売春の根絶などできるものではない。この点だけ考えても、絶対悪とは言えないでしょう」
「そうだよなあ」
「ドイツ、オランダ、フランスを始めとするヨーロッパのほとんどの国で、売春は合法なんですよ。欧米へ仕事でよく行っていたジイジ君なら、知っているよな」
「一応は。でも、そちらの方面にはまるで関心なかったんだよな」
「何かい? チャンスがありながら、紅毛碧眼の姫君と一戦も交えたことがないって言うの?」
「ないんだな」
「君は平和主義者かい。私の常識では考えられない。アホと違うの?」
「人、皆、教授のように好色とは限らないんだ。でも、今思うと、一戦くらい、経験しておけばよかったかな」
「だろう」
「モラリストの私、そういう悪所に足を踏み入れる勇気がなかったんだなあ」
「まった、まった、まったあ! 今、何と、言った? そういう悪所? その言葉、断固として許なせい。性を貢ぐエンジェル達の集う所は、悪い場所なんかじゃない。聖なる場所だ」
「悪所って、一般的に認知されている言葉だろ」
「しゃらくせえ。許せないないものは許せない!」
「何でそんなに感情的になっているの?」
「ジイジ君に告ぐ! 売春は悪いことではない! 認識を改めろ。でないと、絶交だ!」
「・・・・・・」

「オーストラリア、ニュージーランドでも売春は合法だ。売春の合法化は世界の潮流。アジアでは、タイで完全に合法化され、台湾や中国でも合法化が検討されているみたいだ。日本は立ち遅れた感がある。情けない。日本はいつのまにか売春後進国に落ちぶれてしまったんよ」
「教授、その呼び方はまずいんではないの? 売春発展途上国だ」
「ふ~ん、君は悪所などという言葉を無神経に使うくせに、そういうくだらない言葉遣いだけは気にする。後進を発展途上に言い替えて、何が変わるというんの。そういうのを、私の辞書ではまやかしと言うんじゃ」

「私の持論だが、売春禁止法は戦後最大の愚挙だった。呪うべき売春禁止法なのである」
「へ~え、教授らしい決めつけだなあ」
「西欧主義が蔓延し、西洋に追いつけ追い越せと必死だった時代。多少いたし方ない面もあるにはあった。でも、徳川期以来の公娼制度を、西洋に対して恥ずべき社会習慣と錯誤して、廃止してしまったのは愚挙以外の何物でもない」
「それだけじゃない。その代償は大きかった。徳川期に乱れ咲いた、世界に誇る江戸好色文化を葬り去ってしまった。売春先進国の名誉ある地位を自らの手で投げ捨ててしまったんじゃ。取替えしのつかないことをしてしまった」


「ジイジ君。そのしみったれたモラル意識、どうにかならないのかい」
「その意識を抱えたままでは、大切なクリスちゃんが心を開いてくれないぞ」
「わかっている。だから、こうして女を買おうと決心したんだろ。なんとかその意識を拭いさろうと努力したんだが、うまくいかないんだ」
「意識改革には、自己暗示が効果がある」

「売春は、背徳な行為ではない。それは私の長年の探究から自信を持って断言できる」
「売春は! 悪いことではない!」 
「ジイジ君、聞こえたか? 言ってみろ」
「売春は、・・・ことで・・・・」
「聞こえない。もう一度」
「売春は、悪いことではない」
「声が小さい!」
「売春は! 悪いことではない!」
「まあ、いいだろ。女を買うときに弱気になったり、クリスちゃんに会ったりしたときには、この言葉を心の中で繰り返し唱えて自己暗示をかけろ」

「でも、しかしだなあ。教授、女を買うって、どうしても、人としてのあるべき道にそむいているような気がするんだ」
「まだ、ウジウジそんなことを言っているんか。女の腐ったやつみたいだな。子供ころに植えつけられたモラルに縛りつけられて、抜け出せないんだな」
「そうみたいだ」
「女性という人間を買うと思うからいけないんだ。女性によるサービスを買うと思えば、気が楽になる。チンポコを出し入れして射精するのは、マッサージを受けたり、髪を刈ってもらったりするのと同じことなのさ」

「ジイジ君、じゃあ、逆に質問しよう。君の中にある、女のあるべき姿って、どんなものなのかな?」
「そう言われると、とまどってしまう。貞操を大切に考え、夫に忠実で家と子供をしっかり守る女性って、ところかな」
「噴飯ものだな! まさにシーラカンス的見解。ジイジ君、君は生きている化石だ」
「そんなにひどいか?」
「女は、子孫繁殖の道具となって、一人の男に隷属し、賃金のいらない家政婦、ただでオマンコのやれる娼婦にその身を安んじろってわけか。時代遅れもはなはだしい。今どき、そんなことを言っていると、若い女性に軽蔑されるぞ。一人も近づかない。メンスの干上がったモラリストのおばちゃま達とは仲良くできるけどな」
「どだい、道徳なんて、時の支配階層に都合よくできているもの。ジイジをとらえて離さないモラルという奴は、女を男の所有物とみなす封建時代の男社会の考え方のまんまだな。そういうの、アナクロニズム言うんだろ。そういう薄汚れた意識は貞操と一緒さ。捨ててしまえば、新しい道が開けるんだ」

「売春は、悪いことではない!」
「ジイジ、まず女を買え! そして、抜けだせないモラルとやらから、決別しろ!」
「心の開かれた新しいジイジは、買春することから、生まれるんだ!」
「つらいだろうが、産みの苦しみだ。その苦しみ、残念なことに、素晴らしい快感が伴うんだけどな」


母に子供の頃から厳しく育てられた。知らず知らずのうちに刷り込まれていたらしい。妻以外の女と情交することはいけないこと。売春はいけないこと。春をひさぐ女は自制心のない、だらしない女。それは気骨ある明治の女の慎み深い禁欲主義のせいだと思い込んでいた。
ところが、違ったんだ。母の葬儀の後、母の遺品を整理していて、母の若き日の日記を、偶然見つけ、その母が花柳界上がりだとわかったんだ。日記を読むと、若い頃の母が、恋多き、多情多感で自由奔放な女性であったことがわかり、ほっと胸を撫で下ろしたんだ。代々、漢学者の厳格な家系の父は、勘当を覚悟して、母と結婚したのだった。
母の異常な厳しさは、その一途の父をこれ以上苦しめまいとする思いやり、祖母や親戚の者たちに後ろ指をさされまいとするギリギリの抵抗、自己防衛の産物だったのかもしれない。孫達には好かれる、妙にさばけたお婆ちゃんだった。
父の妹の娘が生活力のない色男のヒモにひっかかって、妊娠3ヶ月になったとき、両親は叱責するだけで、娘と絶縁状態になってしまい、あたふたするだけだった。
その両親に代わって、母は、単身、男との愛の巣に乗り込み、男の人間性を観察し、このままでは娘が決して幸せになれないと判断した。それから、毎日のように、その娘のアパートに出向き、娘の話を聞き、こんこんと諭し、シングルマザーとして生きる決意をさせたのだった。その娘は、今、美容院を経営し、新しい男と幸せ暮らしている。母の通夜には、一晩中、大泣きをしていたのが、思い出される。
父の兄の息子がやくざの女とねんごろになってしまい、高額の慰謝料を要求され、袋叩きにされそうになったとき、やはり、弁護士を立てるなどと騒ぐばかりで何もできなかった両親に代わって、息子を連れて、やくざの親分のところ乗り込み、話をさっさとまとめてきたのも母であった。
その息子によると、並み居るやくざを前にして、切った啖呵が、映画の緋牡丹お龍を彷彿とさせものだったということだ。母のきっぷの良さはずっとその息子の畏敬の対象になり、息子は親父の後をついで、親父の会社の社長になったが、社長室の机の上には、今でも、母の写真が飾られているということだ。
息子は不況の時代も乗り切り、会社の規模を親父の時代の3倍にしている。

母の血が私にも流れている。だから、けちくさいモラルなんぞに拘泥するのがおかしい。
母は多分身体も売っていた。だから、私は大手を振って女を買ってやるさ。


「売春は、悪いことではない!」
隆志は、聞きもしないのに、己の売春論を語り始めた。
「売春は、聖職者、助産師、盗賊、傭兵などとともに、人類最古の職業の一つ。人類の原初の時代から、女が男に性交をさせてやる代わりに、食料を提供してもらったり、他の男から守ってもらったりしたと想像するのは難しくないだろう。人間だけでなくチンパンジーにも似たような行動パターンが見られるそうだ」

「元来、売春婦は聖なるものであった。売春婦の起源は神社の巫女。神社で、神に仕え、歌や踊りを行っていた。やがて、彼女達は諸国を布教放浪し、宿場や港で歌い踊りながら、性も売るようになっていったということだ。いにしえの時代の売春婦には、芸能者を兼ねる者、高い教養を備えた者も多かった。 出雲阿国歌舞伎も、祇王や静御前に代表される白拍子も、売春婦なのだ」

「売春先進国では、誰かから強制されてではなく、成人女性が自分の判断で売春の道を選ぶのなら、何の問題もない。強制した管理売春、幼児売春以外は認めるのが先進国たる所以なのだ」

「モラリスト達は言う、売春は、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであると。だが、性道徳も、社会の善良の風俗も、客観性が何もない。自分達に都合のいい、考え方、感じ方をそう呼んでいるだけのさ」

「金持ちの女の子は、親から金を貰って欲しい洋服を買う。貧しい女の子は、身体を売って欲しい洋服を買う。どこが悪いんだい。売春よりも貧富の差の方が、この世の悪よ。モラリスト達は売春は舌鋒鋭く攻撃しても、貧富の差の方は見て見ない振りをする。そりゃそうだ。自分達の優越感の存在基盤だものな」


隆志は薄暗い指定席で、露出過多の服装で動き回る女の子を眼で追いながら、ぼそぼそと語り出した。
「フィリピンでは、売春は禁止されている。なのに、このカフェにたむろしている男も女も売買春を目的としている。言うなれば、お上黙認の遊郭的スポットなんだ」
「では、カリフォルニア・カフェは、マニラのミニ吉原ですか?」
「小説を読んでの感覚なんだが、公娼の街、吉原というより、永井荷風の小説に出てくる玉の井の私娼窟ってところかな」 

「残念なことに私の生まれる前になくなってしまった。けど、遊郭って、こんな雰囲気じゃなかったのかなあと、想像してしまうんだ」
「教授、遊郭復活が悲願だとでも言いそうな口ぶりですね」
「おうよ。もちろん、そうだ。悲願成就ためなら教授の職を投げ打ってもいいと思っておる」


隆志教授は独り言のように話し続ける。
「カリフォルニア・カフェは存在そのものが違法の空間。非日常的空間。ここでは外の常識は通用しないのだ」

「非日常は面白い。何かが起こる。何かを期待させる。それに惹きつけられて人々が集まるという一面もある」

「このカフェは、あっしにとって教会みたいところだった。自分では、勝手に『聖母マリアの村教会』と名付けていた。毎日、神聖な気持ちで礼拝に来ていたんだ。日本の現実生活で疲れた精神を癒し、明日を生きる力をいただいていたんだ。女を連れ出さない日も多かった」

「それだけじゃあ、ない。このカフェには、退廃と狂気がグツグツと発酵している。社会に対する反逆と怨念が渦巻いている。アウトローの世界だけが持つ独特の空気が充満しているんだ。社会の非常識が常識の世界。反社会の世界。あっしのような男はそれがたまらない。その雰囲気にはまってしまったんだよな」

「シャバでは自分を偽って生きていることも多い。シャバの偽の自分が本来の自分を取り戻せる空間だった。私は、ここにいると、空気のような存在になれたんだ」

「もちろん否定的側面も多い。性欲と金銭欲の衝突、人間同士の醜悪な騙し合い。性病の恐怖と闘いながら、女が性を武器にして戦う職場。女達はこの男からどうすればお金をふんだくれるかを考えている」

「身体を売るということに偏見のある人たちは、このカフェを、脂ぎった欲望に支配された、殺伐とした空間を想像する。でも、それだけではないだよな。現実世界に闘い疲れた男達を優しく包み込んでくれる、たまさかの癒しの空間でもあるんだ。お客は心の中のしこりの浄化をして、現実世界に戻っていく。生きる力を蓄えて帰っていく」

「カリフォルニア・カフェには、すべてを受け入れる包容力がある。正反対のものが混在しているのに驚いてしまう。冷静と情熱、真実と虚偽、理性と狂気、華やぎと寂寥。豊饒と貧困、清潔と不潔、・・・・」

「混濁するカオス。静まりかえった狂気、炎上する理性。男は騙されることを愉しんでいる。馬鹿になることを愉しんでいる。女は騙すことを愉しんでいる。いつもは支配する男に一泡噴かせることを愉しんでいる」

「女達の肌の露出と微笑み。時には裏切り、悪意にコーティングされている。男達の寛容な心と優しい態度も、一晩限りの使い捨て、後腐れなしを前提としている」

「いつのまにか、騙す、騙されるが逆転していたりする。このカフェ、男と女の真実を垣間見ることができる」

「男と女のラブ・ゲーム。一夜の疑似恋愛にかける男の情熱。迎え撃つ多種多様な女。女達は一様ではない。男達も一様ではない。順列・組み合わせは無限に近い」

隆志教授は主張する。
清潔と不潔はコインの裏表。その距離は遠くない。
清潔は不潔を排除する論理。不潔と仲間うちで共通認識できたものを、汚い、臭いと爪弾きする。差別の対象とする。
究極の清潔など存在しないのに、そのための競争がなされ、いじめが横行する。
人間として存在するなら、汗などのベタベタ感、ウンコの匂いなどは当然のこと。どうあがいても逃げられない。なのに、それまでを不潔と呼んで拒絶し排除する。
日本の現代社会は度を越した清潔願望に侵された病気社会なのだ。

清潔と不潔の境目はどこにあるんだい?
人の心の中にある。
だから、すべての物は清潔であり、そして、不潔。

聖女と売春婦の境目はどこにあるんだい?
人の心の中にある。
だから、すべての女はは聖女であり、そして、売春婦。

男共に隷属するつまらない女達が、この世の聖女達を売春婦と呼んで差別するのさ。


「教授、私もなんだかこのカフェにはまりそうな気がしているんです」
「おうおう、そうそう、ジイジ君に一番大切なことを言い忘れていた。入ったら抜けられない迷宮。それがカリフォルニア・カフェさ」
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# by tsado16 | 2013-06-25 10:00 | 賭け

賭け(その7)

                ・・・・・・・・★8・・・・・・・
隆志が帰ってからしばらくカフェで一人で飲んでいた。
大勢の女達。この中から一人、選べっていうのか。眼移りがしてしまう。皆、それぞれに良さが輝き出す。
今夜は無理だ。疲れている。断ち切ったはずのモラリストの血が騒ぎ出したわけではない。選ぶという作業には、思った以上のエネルギーが必要なようだ。俺って、こんなに優柔不断だったっけ。
とにかく、いったんホテルで休もう。

夜7時。カフェを出る。
雨でけぶるネオン。色とりどりの傘の列。
とぎれとぎれにフィリピノ語のかん高い会話が聞こえてくる。
「とうとう、本格的に落ちてきたか」
ジイジは口をひん曲げ、しかめ面をした。

ホテルでタクシーを降りたとき、雷鳴が鳴り響く。
大粒の雨が降り出した。頭を手でおおいながら、ホテル入口まで駆け出す。
1階のレストランでバイキング形式の夕食を食べる。
ホール中央に並べられた料理を適当に皿に盛ってテーブルに座る。周りのテーブルでは、家族連れ、友人同士が楽しそうにやっている。
一人ぼっちの食事。食欲は全くない。
無理して喉に流し込む。味が少しも伝わってこない。体力保持のための餌。

8階の自室に戻るとすぐベッドに倒れるこむように横たわる。
今日はいろいろなことがあった。心身ともに疲れている。
うつらうつらはする。なのに、眠りに落ちない。
眠ろうとすればするほど頭が冴えわたる。心が騒ぎ出す。
とにかく、一眠りして、心が鎮まったところで考えを整理しよう。

外は雨が本格的に降っているようだ。
空の上遠くから雷鳴。下遠方の道路から自動車のクラクション。間歇的に聞こえてくる。
それ以外、部屋の中は静まりかえっている。

対照的に、胸の中は風が吹きまくり荒波が立ち、ざわつき続けている。
クリスが問題をかかえていて危ない状況にあると聞いて以来、収まることがない。
援助交際をするクリスの仲間たちの顔。浮かんでは消える。私を買ってくれと迫るアイアン。ジャコとふざけあうジャネット。皆、素敵な子達なのに、心の中には悩みをかかえている。


少し眠ったようだ。
時計に目をやる、午前0時をまわっている。もう眠れそうにない。立ち上がり、ホテルの窓から眼下に広がるマニラ湾の夜景をしばらく眺める。心を投影しているかのように海は黒くけぶっている。大粒の雨がまだ降っている。稲光が時折海上を走る。その度に沖を行く船影が照らし出される。
死の影を感じる。まずい。欝の記憶が蘇る。
今夜は一人でいてはいけない。


深夜のカリフォル二ア・カフェ。
昼間よりも一段と混みあって、熱気ムンムン。
一層と退廃的で、何をしても許されそうな雰囲気。

一人で、ビールを飲むジイジ。昨日の出来事を考え込んでいた。
買春を躊躇する自分が馬鹿らしくなっていた。
今夜、決着をつけてやる。

壁際のテーブルで話し込んでいる女性の一人と目が合う。ニコッと笑いかけてくる。キラッと光るそのまなざし。不思議な魅力。ドキッとする。ひっそりとした雰囲気。媚を売るでもない落ち着いた物腰。惹かれた。服装は、場違いなトレーニング・ウェア。かえって眼をひく。計算したものなのか。
若くはない。顔立ちはいい。ほっそりした華奢な体つき。きれいな手。透き通るような漆黒の眼。濡れたような長い黒髪。ジイジの好み。知性すら感じさせる。
脱がしてみたい。裸の身体を抱いてみたい。珍しく衝動が走り抜ける。

その前にするべきことがある。
アイアンの言っていたグレースという娼婦を探さなければならない。まず誰かに話しかけてみよう。
隣りのテーブルで話し込んでいる若い女のグループ。その一人、深紅のジャケットのボタンをはずし、さっきからこちらに前を開いたり閉じたりして信号を送ってくる。薄暗さの中で眼を凝らす。形の好い乳房が見え隠れしている。なんのことはない。ジャケットの中は何もつけていない。自信のある乳房でアッピールしているのだ。その女の真後ろの席に移り話しかける。
「良いオッパイ、している。もっとじっくり見てみたいなあ」
「いいわよ」

トロそうな雰囲気。会話は成り立ちそうにない。近くのスクォーターの女か。
女は前を大きく開き、ライターを乳房の前に灯す。
張りのある上向きの乳房。ピンクの乳首。くっきりと目に焼き付く。
「すっごく、いい。吸いつきたいな。君、何歳なの?」
「19歳よ」
「全然、垂れていないものな」
「私、まだ赤ちゃん産んでないもの。わかるでしょう」
「触りたいなあ。吸いつきたいなあ」
「ホテルに行ってからにして」
「今日はちょっと忙しいんだ。ここでやりたいんだけど、無理かな」
「そうね。500ペソよ」
「わかった。了解」

女が隣りの席に移ってくる。乳房にばかり目が行っていた。口が大きく目と目が離れている。美人とは言えないが、愛嬌はある。
「アンナっていうの。よろしくね。触って吸っていいわよ。どうぞ」
ジイジ、撫でたり揉んだり摘まんだり。柔らかな感触を存分に楽しむ。
自然に振舞える。いい感じ、いい感じ。
女のジャケットの中に頭を入れ、乳首に口を寄せ、舌で舐めまわす。若い。弾力がある。
他人の目など気にならない。女は眼を閉じてじっとしている。
スケベが身についてきた。変わろうと思えば変われるじゃないか。
心が癒される。ジャコに似てきたな。

「ところで、このお店にグレースって、女の人、いる?」
「あの人よ。私の友達」
指が、さっき目のあったトレーニング・ウェアの女を指している。
ラッキー。
「あの髪の長い女性?」
「そうよ。気に入った?」
「話してみたいな」

「グレース姉さん! このおじさん、お呼びよ!」
女の隣りの席が空いていた。女、にっこり笑い、隣りの席を指で示す。おいでということらしい。女のテーブルに近寄り声をかける。
「今晩は。外は雨だね。私、雨が嫌いなんだ」
「あら、そう。私は好きよ」
「グレースさんだよね。ちょっと、お話したいなあ。ここに座っていいかな?」
初対面で名前を呼ばれても、あわてた様子はない。
「どうぞ、歓迎よ」

「さっきから、浮かない顔していたわね。何か悩みでもあるの?」
見ていたのか。予想外の先制パンチ。気持ちが読まれている。女シャーマンのよう。神秘的雰囲気すら感じる。
セックス・アピールには際立ったものはない。が、眼に力がある。惹きこまれる。
この女は、話が通じる。直感した。
他の女の色気も華やかさも眼の片隅に追いやられる。霞んでしまう。
一目惚れ? 高校生の頃の若き時代の甘やかな心の動きを思い出す。

とにかく、この店に来た目的の一つは、娼婦という女性達の生き方、考え方、感じ方を肌で感じること。クリスを理解するために絶対に必要なこと。
情報収集には少し歳をくった女性の方がいい。
なめらかな肌を愉しみ、フレッシュな体液を味わい、若いエネルギーをもらうという目的なら、もちろん若い子。が、言葉のやりとりが空回りになる。気持ちや情感のキャッチボールができない。
グレースとなら、波長が合いそう。大人同士の心のやり取りができそうだ。

「このお店に、15歳前後の若い女の子も来ますか?」
「あら、人は見かけによらないのね。そのような趣味をお持ちなんですか。そんな若い子に手を出すと、下手をすれば、悪徳ポリスに大金をむしりとられますわよ。それを承知でお買いください。それに、あきらかに若い子は入口で入れてもらえないわ。でも、紛れこむことはある」
相手を信用させるには正直に話した方がいいだろう。
「実はねえ。私の孫にあたる女の子が、この界隈で外国人相手に客を取っているらしいんだ。その子を探しまわってるというわけ。その子が15歳なんだ」
女の目に納得の光。
「なんだか複雑な事情がありそうね。詮索はしないわ。あまり他人について関心を持ちすぎない。これがこのカフェに来る女達の仁義よ。皆、いろいろと事情をかかえているからね。私も自分のことは知られたくないもの」
「そうか。やっぱり無理か」
「だから、ご期待に、多分、そえないわよ。で、なんという名前の子なの?」
「この写真の子なんだ。知ってるかい」
暇さえあれば眺めている、大事な写真を女の目の前に差し出す。
「あら、いやだ。この子、リサの娘のクリスじゃない」
「そうそう。クリス、この店に来るのかい?」
「来ないわよ。入れてもらえないもの。見つけたら、私が追い返すわよ。でも、母親のリサは私の親友よ。今は身体をこわして入院しているけど、それまで、ここで客を取っていたわ。あら、こういうこと、言っちゃっていいのかしら」
何を聞かされても、もう驚かない。売春に対する偏見も少しずつ消えている。
「構わないさ。私は真実を知りたいんだ」
「ということは、あなた、クリスのおじいさん?」
「そうなんだ」
「ということは、あなた、雅也のパパ?」
「雅也、知っているのか?」
「奇遇よね。学生時代の友達」
ジイジの目が潤んでいる。
「じゃあ、リサさんも知っているんだ」
「だから、親友だって言ったでしょ。あら、いやだ。泣いているの?」
「ああ、歳を取ると、涙脆くなってね」
涙を隠す必要なんかない。心のままに振舞えばいいんだ。

「君のこと、エクスタシーのアイアンから聞いたんだ」
「アイアンね。しっかりしていて、将来の可能性に満ちていて、このままでは終わらせたくない女性よ。私の妹分」
「で、用件は、何かしら。年増の良い女と寝たいなんて希望だったら、うれしいわ。でも、まさかよね」
「君を目の前にすると、そのまさかの用件が新しく加わった」
「お口がうまいのね」
「思ったことを素直に言っただけ。残念ながら、ベッドでの口の方はうまいとは言えないんだ」
「あら、あなたは良いのよ。私、上手に使えるわ。期待してね。あら、私、勝手に決めちゃったけど、私とホテルに行くのよね?」
「行く、行く。もちろん行く」

「グレース、一見、年齢不詳って雰囲気なんだけど、君、何歳なの?」
「29歳よ。この仕事では5歳くらい若く言うのは常識よ。ひどいのになると、15歳くらいサバを読むわ。さすがにそこまで言うと客は信じないけどね」
「正直に言うわ。私、常識的よ。5歳しかサバを読んでいないからね」
「って、言うことは、34歳?」
「そうよ。やる気、なくなった?」
「そんなことは全くない。私のようなジジイ、そのくらいの女性との方が相性がいいみたいなんだ」

「グレース、本当の用件を伝えたいんだけど」
「あら、何かしら?」
「クリスが抱えている問題について少々聞きたいんだ。いいかな?」
「話せることならね。クリスは小さいときから知っているわよ。私の親友の娘だもの。さっき、アイアンからメールがあったわ。クリスのことを嗅ぎまわっている日本人の変なジジイがいるって。あら、ごめんなさい」
「いいよ。その通りだから」
「それで、私には判断がつかないから、姉さんに聞いてと言って、追い返したみたいよね。で、その変なジジイと、今、こうして対面しているわけよね。ホホホ」
「そうみたいだな」
「私には、全然変なジジイには見えなくてよ。クリスに似たところがあるから、ひょっとしたらと思って、ずっと観察していたの」
「用件がもう一つ、増えたようだ。雅也とリサさんのことについても聞かせてほしい」
「あらあら、今夜は徹夜で語り明かさなくてはいけないわね」

「アイアンにもう一つ、頼まれたことがあるの。そのジジイ、売春婦と寝ることに心理的抵抗もっているみたいなの、うまくその抵抗を解除してだって。難しい役目を背負わされたのよ」
「・・・・・」

「君をホテルに連れていくんだけど。おいくら、払えばいいのかなあ。始めてで、相場が全くわからないんだ」
「あら、始めての女が私のような年増女? 気の毒な気もするわ。でも、光栄だわ。朝までは3000ペソよ。サービスがよくて気にいっていただけたら、少し上に乗っけてくれればいいの。でも、お話が主体になりそうなのよね」
「年増女なんてとんでもない。あなたはとても魅力的女性だ。若ければ良いっていうもんでもない」
「取ってつけたように慰めなくてもいいのよ」


ダイアモンドホテル8階のジイジの部屋。
華やかだ。素敵な女性が一人いるだけでこんなに雰囲気が変わるものなのか。さっき、気持ちが沈んでいたときの同じ部屋とは思われない。グレースを連れてきてよかったと、心から思った。
買春の心理的抵抗など、どこかに吹き飛んでしまった。
ソファーに腰を下ろし、面と向かい合うとまだどことなく恥ずかしい。1時間前までは全く知らない女性だったんだものな。うまく間が持てない。

「で、どうする? 私、脱いだ方がいいのかしら?」
「もちろん、脱いでもらわなければ困る」
「部屋に入ると、男達は皆、ギラギラした眼をして、ギトギトと粘りつくように触ってくるの。今夜は勝手が違って困惑しちゃうわ」
「私は、今日、始めて女性を買うんだ。だから、セックスもしないと、困る」
「わかったわ。じゃあ、私の言うとおり、動いて」

グレース、何のためらいもなく脱ぎ始める。
やや垂れ気味の小さな乳房。すんなりした裸体は予想通り。私の腕の中にすっぽり収まり、抱き心地が良さそう。黒い茂みも手入れが行き届いている。
熟成した三十女の魅力。アイアンやジャネットにない落ち着きと上品な色香が漂ってくる。

「私も、アイアンの頼みを果たさなければいけないのよね」
「大丈夫。君には無条件降伏だ。既に君とセックスするつもりでここにいる。ただ、問題は私のものが立つかどうかなんだけどな」
「オホホ、私の腕の見せ所ね」

「で、お話を先にする? それとも、セックスを先にする?」
「まず難題を先に片付けたい。つまり、セックスを先する」
「おやおや、セックスが難題なのね」

「じゃあ、一緒にシャワーに入りましょ」
私も脱ぎ捨てる。六十男は、恥ずかしいなどという感情と無縁のところで生きている。
「はい、練り歯磨きと歯ブラシよ。よ~く磨いてね。後で、いっぱい、いっぱい、キスするんだから」
「グレース、オシッコをしたくなった。どうしよう、チンチンが持てない」
「じゃあ、ここに立って。私がオチンチン、持っててあげるわ。さあ、放射開始」
歯を磨きながらのオシッコ。始めての体験。背中にグレースの乳房が当たる。良い気分。
オシッコをしているとき、人間は無防備になるんだとどこかで読んだような気がする。
チンチンを持ってもらってのオシッコ。幼き日の母を思い出す。グレースに母を感じる。
ちょっとしか出ない。
「あら、それだけ」
「歳を取ると尿意はすぐにもよおすのに、あんまり出ないんだ」
「あら、そうなの」

「なんだか、不公平だな。君のオシッコする姿が見たくなった」
「いいわよ。ちょうどしたいところだったの。よく見ていてよ」
グレース、便座に座る。
「それじゃあ、出るところが見えないな」
グレース、便座に上がり、M字型に足を開いてしゃがむ。目をつぶってうっとりした表情で放尿。陰部から噴き出す一筋の放物線。
昔、一緒に遊んでいた女の子が、我慢できなくなったのか、いきなり地面に座り込んで黄色い液体を噴射したのを見たような気がする。
でも、成人女性のものを見るのは初体験。落下地点は便器の外。オシッコが床のタイルの上で跳ねている。かまうもんか。水で流せば良いのさ。

「どう、見えた?」
「見えた。見えた。感動的な眺めだった」
「オシッコする姿でしょ。ちょっと大げさすぎない? でも、私も少し興奮したわ」
「あれで、顔にかけてもらったりしたら、変態になるのかな?」
「さあ、どうかしら。今度、やってみる?」
「心が動くな。どんな気分だろ」

「お互いまだよく知らないのよね。その心理的抵抗を失くすには、お互いのオシッコをする姿を見せ合うのが、結構効果があるみたいね。あたし、あなたを身近に感じ出したわ」
「私もだよ。そう、オシッコは、人の心を無防備にするんだ」
「オシッコする仲ってことよね」

「じゃあ、ベッドに行く前に、お互いの性器、きれいきれいしましょ」
グレース、石鹸を泡立て、チンチンを丁寧に何度も洗ってくれる。フクロと、お尻の割れ目の肛門も。小さい頃、母にこうやってお風呂で洗ってもらったことが脳裏をよぎる。
「カアチャン!」と心の中で呼んでみた。懐かしいしみじみとした気持ちに誘われる。
また、グレースに母を感じる。

「グレース、今度は私の番だ」
石鹸をつけ、グレースの割れ目を何度も何度もこする。前の割れ目も後ろの割れ目も。お尻を両手でわしづかみしながら、目の前にあるグレースの唇にキスをする。グレース、首に手を廻し、舌を入れて応じてくる。

シャワーから出る。
仁王立ちする私の身体をバスタオルで丁寧に拭いてくれる。
また、幼い日を思い出す。またまたグレースに母を感じる。
「さあ、できたわ。私、もう少し、洗っていくから、ベッドで横になって、良い子にして待っているのよ」
「は~い、オカアチャン」
「・・・・・・」


ベッドの上。
グレースが横にくる。乳首に舌を這わせながら、私のペニスを巧みにまさぐる。
乳首から下の方へ舌を這わせて私の身体を舐め廻す。ペニスに到達。
私の脚を大きく開く。大の字状態。
私の股ぐらの間にうずくまり、私のフクロを口に含みしばらく舌で弄ぶ。
私の亀頭を、棹を、舌を使いながら刺激する。
ペニス、やや勃起したものの、中立ち状態。性交するには硬度不足歴然。
「どうしましょう。今夜は無理そうよ」
「私も、調子にのって飲みすぎてしまったものなあ。いや、飲まなくてもこんな状態なんだ」
「もう、御歳なんだから、こんなものよ」

「私、今日、始めて女性を買うと決意している。だから、性交をしないと、困るんだ」
「でも、立たないと性交はできないわね」
「女性を買うのは、最初から挫折かい。情けない」
「私にもプロの意地があるわ。いただく分だけは満足してもらわないと」
「横に並んでキスをして、身体を触りながら話をするだけでも、いいんだけれどな」
「でも、下半身、モヤモヤしているんでしょ」
「うん、モヤモヤしている」
「弱気にならないで。二人して力をあわせてスッキリさせましょう」
「じゃあ、まず、お互いの性器を舐めあって、気分を高めましょう。それから、私がスッキリできるよう、努力するわ」


グレースの股を大きく開き、まず女陰をじっくり眺める。
大陰唇がマシュマロを二つ合わせたようにムッチリしている。ぐるりと高く、亀裂が長い。クリトリスは短いが充血して勃起状態。すぐ上の土手に生える毛は少なく手入れが行き届いている。
柔らかな印象を与える、不潔感のない女陰。見ていると、舐めたくなる、吸いたくなる女陰。
歳のわりにはそれほど黒くない、赤みが勝っている。普段から清潔にしてよく整えているのが伝わってくる。ベッドに入る前に振り掛けてきたのか、かすかに香水の匂いが漂ってくる。
プロとしてのたしなみ、細かな心遣い。
グレースは本物の娼婦。感激する。

グレースの陰核、尿道辺りを舌で強くこする。その度にグレースの口から漏れる甘い吐息。営業用なのか、本当に気持ちがいいのか、わからない。でも、聴覚が刺激される。こちらの気分も盛り上がってくる。
吐息がだんだん強くなり、思わず発する小さな叫び。
「いいわ~。いいわ~。感じる~」
気がつけば、女陰はじっとり濡れている。

「私もしゃぶりたくなったわ。シックスナイン、しましょう」
グレース、仰向けになった私の上に、素早くかぶさる。
私はグレースのものをしゃぶり続ける。
グレースも首を激しく上下動して、私ののものをしゃぶり始める。
快感はそれほどでもないが、シックスナインという行為自体が刺激的。

「大分、大きくなってるわ。入れてみる?」
グレース、騎乗位で、たっぷり濡れている女陰にペニスを導く。ゆっくりゆっくり動く。気持ち良い。これはいくかな?
覆いかぶさって、激しく動く、舌を入れてくる。激しく熱く舌を吸われる。いきそうになる前にペニスがしぼむ。残念。
「これで、形の上では性交したことになるわよね。後はフィニッシュするだけ。まかしておいて」

「出そう、出そうと焦らないでね。自然の気持ちで待っているのよ。快感は天から下りてくるものなの」
グレース、私の股の間で、フェラチオを始める。激しくない。ゆっくりゆっくりとしたリズム。絶妙な舌遣い。眼をつぶって心地よさの中に没する。10分ほど経過したのだろうか。私の性器の周りに変化。少しずつ熱くなってくる。下半身が、脚が、突っ張り出す。鼻息が荒くなる。口から吐く息も激しくなる。胸の動悸も早くなる。
きた、きた、きたあ。天から下りてきたあ。尿道からの精液放出を感じる。
いったあ!
視線を下にやると、グレースが股間でにっこり笑っている。口から半透明の液体が少し垂れてる。グレース、口の中のものを呑み込む。
ゴックン。解放された有頂天のジイジ、音が聞こえてくる。

「グレース、ありがとう。モヤモヤ解消。スッキリした」
「いいのよ、お仕事だから。サービス料金さえ払っていただければ」
「それにしても、君は巧いなあ」
「セックスの技も毎日の積み重ねなのよね。でも、テクニックよりも、男の気持ちを推し量ってサービスできるかどうがポイントなの。若い子には、そう諭しているのよ。頭の悪い子は一流の売春婦にはなれないわ」

欝の蟻地獄。
生きることをあきらめかけた私の内部の暗い空間。心が死の方へ傾斜していく。
抜け出すには、生きているという実感が必要。
今夜は幸いなるかな。グレースと一夜を過ごし、歓びを交わすことで魂が復活した。

グレースとのセックスで生き返る。グレースとの性交は魔法の性交。
欝が吹き飛んでいる。生きる自信が回復する。
売春婦グレースは極上の癒しの女。

「出そう、出そうと焦らないでね。自然の気持ちで待っているのよ。快感は天から下りてくるものなの」
焦らないで、天の恵みを待って、問題を一つずつ片づけてこう。
クリスのこと、部屋でくよくよ思い悩んでいても何の意味もない。置かれた情況を正確につかみ取り、私にできる限りのことをしてやろう。
そう考えると気が楽になった。

死は怖いが、何時死んでもいいと開き直ればいいんだ。
硬直した道徳意識など捨て去り、残された時間を自然の心で素直に楽しめばいいんだ。
最悪の展開を頭に入れながらも、目の前の問題に最善の努力をすればいいんだ。
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# by tsado16 | 2013-06-25 09:58 | 賭け

賭け(その8)

               ・・・・・・・・★9・・・・・・・・
グレースの華奢な身体は腕の中にすっぽり収まる。抱き心地が最高。
時々、じっと見つめあってキスを交わす。髪を優しく撫でて身体を愛撫し合う。
まるで恋人同士の一夜。

口の回転も滑らか。
「グレース、ありがとう。君とのセックスで生き返ったよ」
「あら、本当? うれしいわ。私は癒しの女よ。それが誇りなの」
「そう、君は癒しの女。私もその言葉を考えていたところなんだ」
「そうよ。本物の売春婦は、男の心を癒すことに仕事の意味や生きがいを見い出すものなんだから」
「私達のお仕事、身体を売る商売って、世間ではとらえているようだけど、そうじゃないの。快感を売る商売なの。癒しを売る商売なの」
「そうか、君らは、快感が天から下りてくるのをサポートするエンジェル達なんだ」

「君の、ザーメンを口に含んだ笑顔、ザーメンを呑み込む音に感動した。ジジイのザーメンなんて汚いものとして扱われるのが普通なのに。とても大切にしてもらった気がした。なんだかプライドを温かく包んでくれたというか、自尊心がくすぐられたというか。ありがとう。ありがとう。本当にありがとう」
「私、感じの良いお客のザーメンは飲み込むことにしているの。その日、何か良いことが起こるのよ。私のジンクス」


「思い出すわ。私、雅也のザーメンもよく呑み込んでいたのよ」
「えっ?」
「白状するわ。私、雅也がリサと仲良くなる前の恋人だったの。雅也がフィリピンの大学に来てすぐの頃、私と雅也、同じクラスだったの。学校に行くのが、毎日毎日が。楽しかったわ。心の許せる友となり、身体の関係ができるまでそんなに長くかからなかったのよ」
「・・・・・」
「コンドームのないとき、私、雅也のザーメンを口の中に受けとめていたの。で、雅也のザーメン、しょっちゅう飲み込んでいたのよ」
「・・・・・」
「雅也と毎日のようにセックスして、雅也のペニス、毎日のように愛撫していたわ。雅也のペニスの形状、感覚、今でも覚えているわ。あれから何千本のペニスと出会っているというのに不思議よね。セックスした最初の男ってそういうものなかしら」
「・・・・・」

「青春の恋よ。毎日、雅也と一緒にいるだけで幸せだったわ。味覚って、消せない記憶なのね。私、雅也のザーメンの味、まだ覚えていたみたい。それを今、あなたのザーメンに感じたの。やっぱり親子なのね」

「私とリサが親友だなんて真っ赤な嘘。殺したいくらいの恋敵だったわ。雅也を私から奪い取ったのよ。何かの事故でリサが死ぬことをいつも願っていた。リサと話をするようになったのも、雅也が死んだのを知ってからよ」
「リサでなく私を選んでいたら、雅也も死なずに済んだのにね。あら、嫌だ。私、いまだにリサのこと許してないみたい」
「今、あなたにフェラチオしながら、雅也とのデート、雅也とのセックス。ずっと思い出していたの。涙が出てきたわ」

「私の一番大切なもの、傷つけてしまいそうな気がするわ。多分、あなたもそうでしょう。だから、私達のセックス、とりあえず今夜限りにしておきましょう。アイアンとの約束を果たしたし、女を買うというあなたの決意を実行させることができた。私、あなたの最初に買った女になることができて最高に幸せよ」
「私もそうだ。最初に買った女性が君であって、最高に幸せだ。君が雅也の恋人だったなんて、運命的なものを感じてしまう。神様が引き合わせてくれたんだ。私も涙が出てきて止まらない」
「雅也のことはいくらでも話すわ。でも、リサのことはあまり聞かないでね。悪口になってしまいそうだから」

「これからは、アイアンやジャネットのような若い子を可愛がってね。楽しいわよ。回春効果も抜群だわ」
「うん、そうする」
「私のことは心配しないでね。私、まだまだ、お客を取る自信はあるから。これからはお話を楽しむお友達ね。電話してくだされば、何時でも、カフェにかけつけるわ。お酒のお相手もできてよ。お互いの気持ちが合うことがあれば、また朝まで抱き合って語り合いましょう」
「気持ちが落ち込んだとき、君に逢いたくなるような気がしている」

「クリスはずっと目にかけてきたのよ。クリスは雅也の子供でもあるんだから」
「で、リサの子。内心、複雑なんだろうな」
「雅也って、リサとか私とか、気の強い男勝りの女性を好きになったみたい」
「我が家で気の強い男勝りの女性といえば祖母なんだ。雅也はおばあちゃんっ子だった。いつもおばあちゃんの後ろをついてまわっていた。物心がついた頃からおばあちゃんの影響を受けていたと思うと納得ができるな。人の好みなんて、無意識のところで形成されるんだな」


「ジイジ、お願いがあるの。アイアンの面倒、しばらくみてやっていただけないかしら。つまり、パトロンになっていただけないかしら。アイアンに脅迫されたんでしょ。アイアン、今、一番危険なところにいるような気がするの。大きく羽ばたいて、白鳥に変身できるか、私のように、年増売春婦になってアヒルのまま終わってしまうか」
「考えていたところなんだ」
「アイアン、とても良い子よ。頭の良い子だから話が通じてよ。精神的に自立するまでそんなに時間がかからないと思う。うまく導けば、どんどん、魅力的で素敵な女に変身するわ。あなたの腕次第よ」
「若いけど、すごい子だなあ。もうアイアンの術中にはまっているような気がするんだ」
「フェラチオも特訓しておいたわ。うまいわよ。そのテクニック、失望しないと思うわ」
「・・・・・・」

「グレース、私もお願いがあるんだ。しばらくの間、私が祖父であること、クリスに内緒にしてくれないかな。ちょっと考えがあるんだ」
「わかったわ」

「リサも、私と一緒に、カリフォル二ア・カフェで客をとっていたわ。クリス、それを知って悩んでいたみたいなの。クリスが客を取るようになったのは、その自責の念があるようだって、アイアンが言っていたわ。クリス、責任感の強い子だから。決して、売春をしていること、責めたりしてはいけないわよ」
「わかっている。だから、こうして、女性を買うことを実践したんだ。君という素晴らしい女性にめぐりあうことができたのも、クリスのお陰であるのかもしれない」

「私と雅也も、こうやって抱き合いながら、よく朝まで語り合ったわ。あら、いやだ。また涙が出てきちゃったわ」


ほとんど眠らずに、朝6時過ぎになると、グレースは、子供達と朝食を一緒に食べるから帰ると言う。着衣を整えたグレースをドアのところで抱きしめ、軽いが愛情のこもったキスで送り出したんだ。
名残惜しく寂しい。窓の方に目をやると、カーテンの隙間から朝の陽光が薄く漏れているのに気づいた。
カーテンを開け放つ。
昨日とうってかわって明るいマニラ湾。輝き出している。
グレースのお陰で生き返った。勇気とエネルギーをもらった。もう大丈夫。

電話すればグレースには何時でも会える。何時でも話せる。
そう思うだけでと、胸の中に安心感が広がっていく。
グレースは癒しの女。

充実した幸せな気持ちに浸っていると、テーブルの上の携帯が振動し、呼び出し音が鳴る。
「お~い、ジイジ、生きとるか?」
「生きとるわい。どうした?」
「昨夜の按配はどうだった? 首尾よく良い女を、ゲットして籠城できたんかい?」
「おうおう、最高の女にあたったよ。至福の夜やった。運命の悪戯を感じた夜だった。もう女性を買うことになんの罪悪感もためらいもない。ひょっとしたら、隆志よりも女好きになるんじゃないかと心配になっているくらいなんよ」
「ほ~う、何があったんだ?」
「もったいなくて電話でなんかで話したくないな。とにかく隆志には感謝している。隆志様々だ。隆志が友達で本当によかった」


「じゃあ、今日、アイアンと会うのかい?」
「もちよ。会う、会う。これから、電話しようと思っているんだ」
「会っても一緒にベッドに入らんと意味ないんだぜ」
「もちろん、入るさ。心おきなくアイアン姫を堪能するつもりだ」
「ほ~う、これまた、意欲的な。昨日と人格が一変してるな。何が起こったんだ?」
「だから、今度、会ったとき、話すって」

「ジイジ、あっしと賭けをしたの忘れていないよな」
「何か賭けたっけ?」
「知らっぱくれるでねえ。アイアンをベッドの上で泣かすって賭けたんだよ」
「おう、そうか、そうか。忘れてたあ」
「甘い! こういうことには、あっし、しつこいんだぞ。ジイジをさんざんにいたぶってやろうと楽しみにしているんよ」
「いたぶるって。隆志は私が負けることを前提にして考えていないかい?」
「ほ~う。泣きをいれたら、許してやろうかなとも思ってたんだが、強気なんだな。もう許さねえ」
「勝つ可能性もあるんだ。泣きを入れるものか」
「むかついた。よっしゃ、しっかりと今日は賭けの内容をつめておこうぜ。何時までに泣かす。賭けの期限だ」
「今、男の野性を取り戻している過程なんだ。1カ月ほどくれないか?」
「いいだろう。して、負けたら何をする?」
「なんでもいい。でも、その言い方、また私が負けるということを前提にしているな。隆志も負けることもあるんだからな」
「ハハハ、その可能性、1パーセントにも満たないんじゃないの。ジイジ、重度のEDなんやろ」
「ジャコ、私を過小評価しとらんか。若いころは、サッカーで、勝利を呼び込むピンホールのシュートを決めたんだ」
「よっしゃあ、じゃあ、厳しくいくで。負けた方が、ロビンソンをバクラの格好をして手をヒラヒラさせて愛想を振りまきながら歩きまわる。バクラって、フィリピンのオカマのことだ。それだけじゃ、面白くないな。締めに、フッドコートで演歌を一曲、歌うっていう趣向はどうだい?」
「いいだろう。受けてやろう。一度、女装してみたかったんだ。これで正当な理由ができた。老後の人生を豊かにするには、新しい刺激的経験が必要なんだよ」
「ジイジ、なんか、イジイジしていた以前とすっかり変わってしまったな。昨夜、本当に何があったんだ?」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハヒフヘホだ」
「頭までおかしくなっとる」
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# by tsado16 | 2013-06-25 09:56 | 賭け

賭け(その9)

               ・・・・・・・・★10・・・・・・・・
本当。癪に障るったら、ありゃしない。私のこの自慢の身体を抱けないだなんて、許せないわ。やりたいくせに痩せ我慢しているに決まっている。やっぱり、クリスのおじいちゃんだ。クリスもつまらないところで意地を張って、痩せ我慢するものな。そういう意味じゃ、わかりやすいわ。血の繋がりって、馬鹿にできないのね。
私にも、あの 卑怯で淫乱なパパの血が流れていると思うと、ぞっとするわ。
淫乱な女としては、開き直って生きてやる。
でも、卑怯な女だけには絶対になりたくない。パパを反面教師にして、心して生きるしかないのね。


こうなったら、意地よ。逃した魚は大きいってこと、ジイジに思い知らせてやるさ。怒った振りをしたけど。きっと、電話、かかってくるわ。あたしがそんなにもてないわけないもの。そうしたら、どう料理してやろうか。ジワッジワッと攻め立てててやるんだ。あたし、若くてもプロの娼婦よ。手練手管は心得ている。素人のジイジなんかに負けるわけにはいかないわ。

クリスとレスビアンまがいのことをしたとき、クリス、私と同じくらい淫乱だもの。ジイジにも、クリスと同じ淫乱の血が流れているはず。
クリスの身体なら、隅々まで知っている。いくらなんでも、クリスの感じるところがジイジの感じるところってことはないわよね。でも、どこかに、共通点、見つけてやるんだ。それも楽しみ。

男とは、仕事のセックス。クリスとのセックスでは、純粋に快楽をむさぼりあえたわ。嫌な男とやった後、クリスとの愛撫でどんだけ慰められたことか。
でも、最近は、求め合うことが少なくなったわ。腹が立つけど、これもあの男のせいなのかな? 
クリスもやっぱり違うんじゃないかと思うようになっているみたい。クリスも私も、男の方が良いのかな。

だけど、仕事の相手は40歳以上のおじさんが大半。若い子も、たまにはいるけど、同世代の女から見向きもされない、いけすかない奴ばかり。私、すぐ惚れられるけど、金はないし、面倒臭いだけ。でも、あの男は違った。悔しい! 
あたしの人生で、始めて振られたのかもしれない。

クリスとよくと話していたんだ。
そのうち若い素敵な男と燃えるような恋をするんだ。そのときまでに、やりたいことが見つかっていて、今の仕事、辞められるといいねって。
女の旬の時期が短いってことくらいわかっていてよ。
二人とも男に対する目が肥えちゃっているからな。何時になることやら。

あの男に恋していたのは確か。私の心を盗んでおいて、音沙汰なしなの。あたし、やっぱり振られたと考えるのが妥当よね。


朝9時半。ファウラの通りは動き出している。
車も混み出した。仕事に急ぐ人の流れが一段落。学生風の男女の姿が増えてきた。
「タホ~、タホ~」
金属製の容れ物を天秤棒で担いだタホー売りがのんびりと通り過ぎていく。

久し振り、明け方まで、皆と飲んじゃったわ。頭が痛い。
「ナイト・ピクニック」の向かいにある「チョーキング」で遅い朝食。一睡もしていない。ジャネットと共同で借りているパコのアパートまで帰るのが億劫だわ。仕事のあるジャネットは、昨夜、早めに切り上げた。もう出勤の用意をしている頃よね。
生欠伸が出る。何度も口を押さえ噛み殺す。その度に涙が出る。


携帯がなる。
「アイアンか。ジイジだ」
「あ~ら、かけてきてくれたのね」
「昨日は怒らせちゃって、ごめん。君を侮辱する気持ちはこれっぽっちもなかった」
わかっているわよ、そんなこと。

「あたしも少し感情的になりすぎたみたい。ご免なさい。ジイジ」
ちょっと殊勝なところを見せてやる。返事はこんなところでいいだろ。
「昨夜、よ~く、考えた。君を抱きたい。君を買わせてもらう。これから、ホテルに来てもらえないか」
来た、来た、来た。そう、来なきゃ、嘘だ。
「あら、いいわよ。でも、皆と飲んで、昨夜から一睡もしていないんだ。もう、眠くて眠くてかなわないの。行ったら一発やる前にしばらく眠らせてもらっていい?」
「もちろんさ」
さっき、グレース姉さんからメールが入っていた。ジイジも疲れている筈。


「私も、昨夜、いろいろあって疲れている。もう一眠りしたい。そっちのベッド、使っていないから、そこで眠ってくれる?」
「いやだあ! あたし、ジイジと一緒に寝た~い!」
とっておきの甘えた声を出しながら、服を脱ぎ捨てる。あっという間に全裸。ジイジの横に潜りこんでやる。挨拶代わりに、ジイジの首根っこを抱きかかえて、自慢の乳房攻撃。ジイジ、うれしそう。男は、いくら歳をとっていても、スケベで単純なんだから。これで主導権はあたしのものね。
「あれえっ、このベッド、女の匂いがする。ジイジ、堅そうなこと、言って、やること、やってるじゃん」
「・・・・・」
「でも、この香水、嗅いだことがあるぞ。グレース姉さん愛用の香水だよなあ」
「・・・・・」
「隠しても駄目、駄目。姉さんとやったんでしょう」
「・・・・・」
「姉さん、立たない男をいかせるの上手なのよ。姉さんの味、どうだった?」
「・・・・・」
「いった?」
「・・・・・」
「じれったいな! いったの? いかなかったの? ジイジ、はっきりしろ!」
「いったよ」
恥ずかしそうに、小さな声でふてくされて答えている。可愛いじゃん、ジイジ。
「さすが、姉さんね」


「あたしとクリス、レスビアンでもあるのよ」
「・・・・・」
ジイジの頭を混乱させてやろ。
「クリスとは、キスしているわ、それも舌を入れてのベロベロねちっこいキス。クリスのおじいさんにもしてあげる」
ねっとりと粘りつくようなキスをしかける。
「ウッ、アイアン、よせ。気持ちが良過ぎる。君のお腹に当たっているペニスが熱くなってきた」
よし、ここは仕掛けどころよ。巧みにジイジのペニスを撫でさする。ジイジの乳首に舌を這わせる。
「ジイジ、姉さんとやったばかりなんでしょ。や~だ。でも、少し大きくなってる」
「変だな。人が変わると、ペニスも別反応するのかな?」
「ジイジ、立たないなんて、嘘だったの。よく言うわよね」
「いや、本当だ。グレースのときも立たなかった」
この辺で勘弁しておこうか。もう本当に眠い。意識が朦朧としてきた。
その後の記憶はない。


天井に目の焦点距離が合う。
ここはどこだろう。ホテルだということはわかる。それもかなり高級なホテル。
「アイアン、目を覚ましたか?」
服を着たジイジが覗きこんでいる。
思い出した。ジイジに呼ばれたんだ。
「ああ、ジイジか。今、何時だ?」
「もう、午後6時」
「ウワァ~、よく寝たあ。あら、あたし、何もつけていない。ジイジ、あたしを脱がせたの?」
「馬鹿、言うな。アイアンが勝手に脱いで私のベッドにもぐりこんできたんだ」
「で、あたしとやったの?」
「私の陰茎が固くなって、準備万端だった。なのに、アイアン、大イビキをかいて寝てしまった。酒臭いしうるさいし、まいったよ」
「なんだ。つまんねえ」
「というのは、真っ赤な嘘。こんな素敵な身体、目の前にして見逃す男はいないだろ。じっくりと鑑賞した。触れるだけ触った。寝ているアイアンの股を開いて舐めるだけ舐めた。それから何度もペニスを出し入れしたからな。最高だった。やっぱり若い身体は良いな。アイアン、寝ながら、涎を垂らしてよがり声を上げてたぞ」
嘘だ。でも、本当かもしれない。全く記憶がないんだもの。やっぱり嘘だ。そんなに気持ちがよかったら目を覚ますはず。グレース姉さんに出してもらって、そんなに体力があるはずないもん。でも、でも、本当だったら恥ずかしい。
やっぱり、血筋だな。クリスも、時々、本当か嘘かわからないことを言って、あたしの心を混乱させるもの。

絶対に嘘だと思うが、寝てしまったのは不覚だった。それにしても、ジイジにしてやられたな。次なる手を実行しなくっちゃ。ジイジに一泡噴かせてやらなくっちゃ。心理的に優位に立たなくっちゃ。準備はできてるわ。
 
「アイアン、君を十二分に堪能したからな。授業料は受け取ってもらうぞ」
チッ、そうきたか。してやられた。紳士のジイジが意識のない私の性器をペロぺロ舐めるわけないもの。悔しい!

「ジイジ、朝、来たとき、野菜ジュース、持ってなかった?」
「冷蔵庫の中に入れておいた」
どこも隠さず、素っ裸で起き上がって、お尻を向けて股を開いた扇情的なポーズで、冷蔵庫を開ける。ジイジの位置からは、あたしの裂け目が見える筈。あたしはヌードダンサーよ。こういうとき役に立つのよね。男達は、皆、あたしのあられもない、はしたない姿を見るのが好きだからな。計算したパフォーマンスよ。
「そう、これこれ。私のよく行くカレンデリア特製の精力ジュースなの。途中、買ってきたんだ。トマトジュースをベースに、ジンジャー、蜂蜜、各種果物が混ざっているんだって。疲れたときはこれが一番なの」
それだけじゃない。バイアグラも噛み砕いて入れておいたわ。あたしは娼婦。男を支配するためには奇策も弄するわ。
「ウワー、冷たくて、おいしい! ジイジも飲んだら。待って。口移しで飲ませて上げる。あたしの唾液入り。効果も倍増なんだから」
ジイジの首根っこに齧りつき、口の中のジュースをジイジの口の中に流し込む。ジイジの喉仏がゴクンゴクン上下する。続けて二口、流し込む。準備完了よ。30分後には効き始めるわ。

「ジイジ、寝ているとき、本当に、あたしの性器、ベロベロ、舐めたの? 嘘だろ。意気地のないジイジに、そんなこと、出来るわけがない」
「嘘じゃない。臭みがきつかったけど、アイアンの匂いだと思うとかえって香水のように思われた。ちょっぴり塩味。おいしかったぞ」
「じゃあ、これからあたしの性器、舐めてみろ。そうしたら信じてやる」
「わかった。じゃあ、ベッドの上に横たわって」
「嫌だ。ジイジも裸になってよ。私に入れるんでしょ」
そろそろ、クリスが来る頃。それまでに、二人、裸でいないと、計算通りに事が運ばないわ。
開いた私の太腿の間で、ジイジ、盛んに舌を這わせる。舐める。こする。吸う。すする。淫らな音が立つ。
ジイジ、始めは気乗り薄だったのに、今はもう本気モード。やっぱり、男よね。クリスと同じ。淫乱なの。それにしても官能が刺激される音だわね。
でも、不思議なの。舌の這わせ方もすすり方もクリスそっくりなの。困ったわ。あたし、感じてきている。
「アイアン、左の太股の性器の近くに大きなほくろがあるんだな。ちょっと、感動した。最初の恋人が同じところに同じようなほくろがあったんだ」
「へえ、ジイジにも若いときがあったんだ。あと、2箇所、ホクロあるんだぜ。どこにあると思う?」
「ひょっとして、右の乳房の下と、左の脇の下なんてことないよな」
「嫌だあ。ジイジ、なんでわかるの? 私が寝てるとき、私の身体を観察したって、本当なのか。ジイジって、私が思っている以上にスケベなんだ」
「本当にそこにあるのか。私にも、わけがわからなくなってきた」

「アイアン、君の身体は魔法の身体だ! 触って舐めているだけで、私のペニス、こんなに立派になってしまった」
ジイジ、バイアグラ、使うの始めてみたいだな。そんなに感動することでもないんだけどな。
「そそり立つというのか。この感覚、久し振りだ。感激してしまった」
知らぬが仏。バイアグラが効き始めただけなのに、可愛いもんだ。

「ジイジ、今日は燃えるぞ!」
「あたしも負けないわ」
やる気満々のジイジの上に騎乗する。あたし、この体位、好きなの。男を支配する感覚があるんだもの。でも、今日は何だか変。あたしの愛液のほとばしる、湿潤で熱い女陰。その中に貫き通った一本の杭をいつもより感じるの。
あたし、前後に左右に上下に激しく身体を動かす。体重を乗せて、ゆっくりと円運動。おかしいの。身体が勝手に動いてしまっている。
陰核のまわりがジーンと熱くなってくる。快感がジワっと身体の奥に広がってくる。気持ちがいいわ。いきそうよ。

「アイアン、ウォオ~! ウォオ~!」
「イィ~、イィ~、シイジ! イィワァ~。もっとお、もっとお!」
ジイジが獣になっている。私の官能の炎が燃え上がっている。 
「アイアン、もう、駄目だ。いくっ、いくぞ!」
「ジイジ、私もいくうぅ~!」
ジイジの身体がビクっと震え、動きが止まる。
あたしの身体もピクっと震える。大きく息をする。ジイジの上に覆いかぶさる。
しばらく動けない。

ジイジと私、性の愉びを共有したんだわ。二者合体。肉体と魂が融合したのよね。不思議だわ、こんなに歳が違うのに。相性がぴったりなのかしら。
クリスとの愛撫よりずっと気持ち良いの。ジイジを愛しく思えてきているのよ。

「ジイジ、結構、精液、出ているじゃん」
抜いたコンドームを片手でブラブラさせて見せてやる。
「何時、コンドーム、はめたんだ?」
「気がつかなかった? フフフ、私はプロよ」
「生で出したと思った。ちょっと、心配しちゃったよ」 

「私をこんなに悦ばすなんて、ジイジ、自信を持っていいわ。男性機能、衰えていないぞ」
「アイアン、最高によかった。君を買うのをためらっていたなんて、馬鹿みたいだ。アイアンとセックスやれて、今は本当に幸せだ」
「ジイジ、実を言うと、私も久し振り燃えちゃったんだ。二人、相性、良いみたいだな」
ジイジと私、特別の繋がりのあることを強調しておかなくっちゃ。
「それに、アイアンの匂いって、昔から知っている気がして、それだけでいきそうになるんだ。アイアンとは目に見えない繋がりがあるような気がする」
「・・・・・」


部屋のブザーが鳴る。クリスが来たのね。
「ジイジ、誰か、来たみたい。見てきて」
ジイジ、汗まみれ。上気した顔。やったばかりであることが歴然。
それでも、のろのろと起き上がって、バス・タオルで陰部を隠し、鍵を外しドアノブを廻す。
若い女の子が転がるように部屋の中に飛び込んでくる。
「アイアン、遅くなって、御免。あれえ、やってたところなの?」
「今、終わって、一服していたところ」
「アイアン、急の話って、何? 食事の途中で飛び出してきたんだぞ」
「クリス、喜んでくれ。このおじさん、私のパトロンになってくれたんだ。生活費と学費、出してくれるんだ」
今、二人で上りつめたばかり。経験上、たいていの頼みは聞いてくれるもの。ジイジ、何も言わない。承諾したんだな。肉体と魂があんなに共鳴したんだもの。もう他人じゃないわ。

「アイアン、ずっとパトロン、探していたもんな。よかったな。これで、心おきなく、勉学に打ち込めるよな」
「クリス、このおじさん、紹介しておく。ジイジって、言うんだ。日本人なんだぜ」
「ジイジ。こちら、クリス。私の妹分。可愛いだろ」
「本当に可愛い。クリスちゃん、よろしく」
「ジイジも、よろしく」

「ジイジ、なんだか、泣きそうな顔しているぞ」
「こんな姿で、こんな可愛い子に会うなんて、恥ずかしくて、恥ずかしくて。泣きたくなってるんだ」   
ジイジのペニス、薬効が衰えず、まだ勃起している。バスタオルの上からでもはっきりわかる。ジイジが困り果てている。本当、笑ってしまうわ。孫に見せる姿じゃないわよね。ちょっと、可愛そうな気もする。でも、勝つか負けるかの神経戦。勝負に同情は禁物だわ。
ジイジ、見たいくせにクリスの方を見ようともしない。クリス、こんなことに慣れているのにな。

「ジイジとの一戦で、私、体力、消耗しちゃった。お腹がすいたわ」
「アイアン、私も、くたくただ。頭がボオッとしている。身体がだるい。体力回復には、まず食事だな」
「ジイジは一戦ではなく、通算二戦だろ。本当。よくやるよ」
「えっ、ジイジは女のはしごしたの? 見かけと違って、スケベなんだあ」
クリスが追い討ちをかけてくれる。
「クリス、普段はこんなこと、絶対にしないからな。今回はやむをえない事情があって、特別なんだ」
「ジイジ。何、必死に弁解しているんだ。ジジイのくせによ。いいもの、持っていてよ。私を本気でいかせてくれたんだぜ。クリスもやってみるかい?」
「うん、私もやってみたい」
「アイアン! 言葉が過ぎる!」
ハハハ、ジイジ、顔を赤くして本気で怒っている。ちょっと、言い過ぎたみたいね。
「でも、残念! クリスは駄目だな。ジイジは、18歳未満のオコチャマとは絶対やらないって、ポリシー、持っているんだ」
「あたし、身体は大人なんだけどな」

「よっしゃあ、アイアンのパトロン就任祝いだ。一階で豪勢に食事だ」
ジイジ、微妙な空気から逃げようと、話題を変えてやがる。でも、パトロンになること、はっきりと認めてくれた。計略大成功。うれしいわ。
「うれしい! クリスも、お腹、ペコペコなんだ。ジイジ、サンキュー」
クリス、ジイジに抱きついて頬にキスをする。ジイジ、照れながらも本当にうれしそう。
私、なんだかんだ言って、良い事、してるじゃん。


インテリアの洒落ているレストランには、バイキング形式の夕食が用意されている。中央には、まだ湯気が出ている様々の各国料理が並んでいる。
自由に取ってきて自分達のテーブルで食べる。
ジイジ、いつもは一人ぼっちで食事しているみたい。今夜は、可愛い女の子二人と一緒。なんだか張り切って、口元がほころんでいる。にやついて見える。端正なジイジにしては珍しい。
精神的にはまだ子供のクリス、食べきれないほどの料理をテーブルの上に並べてご満悦。

「お前、それ全部、自分で食べろよ。本当にクリスって、食欲も性欲も旺盛なんだから」
「これくらい、平気、平気。まだまだ、食べたいものあったから、食べ終わったら、取ってくるわ」

まだ、食べ盛り、セックスの快感を知り始めたばかりのやり盛り。しょうがないか。あたしの年齢になると、太るのを恐れて、食べることを控えるわ。気持ちにまかせてやりすぎても、身体がもたないのも知っているわ。我慢して控えめになるんだから。

「クリス、子供のお前、お酒は駄目だからな。ソフトドリンクにしておけよ」
「チェ、つまんねえ。子供扱いすんなよ。お客とは、いつもホテルの部屋で飲んでいるんだぜ」
「アイアン、固いことは言わない。シャンペン、グラス半分くらいならいいだろう。今日はめでたい日なんだ。はい、クリス、シャンペン。気持ち悪くなったら、言うんだぞ」
「サンキュウ、ジイジ」
ふん、お爺さんって、孫に甘いんだから。なんだか妬けるな。なんだろ。この感情。ジイジをあたし専用のものにしたいのかな。そんな筈ないよ。こんな年寄りに執着なんかしないわ。なのに、むしゃくしゃする。

ジイジ、日本食コーナーから、海老の天ぷらとマグロの刺身を取ってくる。
「いやだあ。ジイジ、その赤いの、生の魚だろ。日本人はそんな野蛮な物、食うのか?」
「クリス、それ、サシミっていうんだ。ツナだよ。お前、半分は日本人なんだろ。それくらい、覚えておけよ。日本人のお客と食事に行くと、大抵の男はそれを頼む。慣れてくると結構旨いんだ。くせになるぜ」
クリスの客、クリスが若すぎて目立つから、日本食レストランになんか連れていかない。大抵、やましそうに、ホテルに直行するものな。まだ、食べたことないんだ。
「そう聞いちゃあ。食べないわけにいかないわね。ジイジ、これ、どうやって、食べるんだ?」
「醤油に、その緑色のやつ、わさびって言うんだけど、それを混ぜて、つけて、食べるんだ」
「クリス、そのわさび、たっぷりつけて、食べてみろ。鼻の奥にツーンときて、エクスタシー、感じるぞ」
「そんなに気持ちいいのか、よ~し、たっぷりつけて食べてやる」
「アイアン、いい加減なこと、言うな。クリス、止めろ。鼻の奥が爆発して涙が止まらなくなるから」
「どっち、なんだよ。気持ちいいのか? それとも、泣きたくなるんか?」

「うぇぇぇ~。水、水、水! アイアンの意地悪!」
「ざまあみろ」

「まだ涙が止まらない。今度、ジャネットに食べさせてやろ」
「でも、思ったより、おいしいな。なんだか、アイアンのあそこのヒラヒラ、食べているような気がするな」
「クリス! あたしのヒラヒラ、そんなに赤黒いか? もっと綺麗なピンク色しているだろ」
「明るいところで、あんまり見ていないから、よくわからない」
「ジイジ、さっき、舐めて啜ったばかりだろ。もっと綺麗な色しているよな」
ジイジ、聞こえない振りをしている。ちょっといじめてやるか。
「おい、ジイジ! お前、昨夜から、サシミ、二皿、食べたんだろ。グレース姉さんのサシミとあたしのサシミ、どっちが綺麗だった?」
「・・・・・」
「ジイジ、はっきりしろ! 聞こえない振りするな!」
「そうだなあ。やっぱり、若さの分だけ、アイアンの方がピンク色で綺麗だった」
「クリスのは、もっと若いから、もっとピンク色だよ。ジイジ、今度、あたしのサシミも食べてよ」
「クリス、調子に乗るな。ジイジはお前のなんか、食べたくないってよ。なあ、ジイジ」
「ああ、食べたくない。食べる気もしない」
「クッ、腹が立つなあ。アイアン、あたしのを啜りながら、いつも、『クリス。綺麗だ。綺麗だ』って、言ってるんだぜ」
「あれはセックスのときの社交辞令ってやつだ」
「クリス、大丈夫。唇の色合いからいって、キミのは素敵なピンク色だと思う。食べなくてもわかる」
ちっ、また肩を持つ。爺さんは本当に孫に弱いんだから。

「考えてみれば、ジイジと間接キッスしているんだ」
「クリス、また、わけのわからないこと言う」
「昨日、あたしが舐め啜ったアイアンのおサシミを、さっきジイジが舐め啜ったんだろ」
「・・・・・」
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# by tsado16 | 2013-06-25 09:54 | 賭け

賭け(その10)

             ・・・・・・・・★11・・・・・・・・
「ジイジ、パトロンになってくれて、有難う」
シャンペンで少し酔ったみたい。ジイジに抱きついて頬に感謝のキス。いつものベロベロ・キスじゃないわ。心をこめたあっさりキスよ。ちょっと涙ぐんじゃった。私らしくないな。

「ジイジ、それでえ、あたし達の愛の巣はどうなるの? セックスの度にホテルにしけこむなんて、嫌よ」
「そうだなあ。私も何時までもホテル暮らしをするわけにはいかない。どこか、適当なコンドミニアムでも借りないといけないな」
「提案があるんだけど。ジイジ、どう思う? クリスとジャネットも一緒に住むって、どうかしら。私、気を入れて勉学に励むつもり。ジイジにも心をこめて愛のサービスもするつもり。忙しくなるわ。食事も交替で作ればいいし、何かと融通しあうことができて便利だと思うんだ。もっとも、ジイジが若い女3人と暮らすのは嫌だっていうなら仕方ないけどね」
ポイントはクリスが一緒に暮らすこと。ジイジ、クリスと心を通わせたくてうずうずしているの、わかっているんだもん。チャンスを与えてあげて、点数を稼いでおかないとな。人生はギブ・アンド・テイクだってことくらいわかっているわ。これから、いろいろと面倒みてもらうことになりそうだもの。
ジイジがこの提案に反対するわけがないわ。

「嫌なわけないじゃないか。若い女の子達と暮らすなんて、老人の夢さ。願ったりかなったりだ。宝くじ、当たった気分だな。聞いた男の友達、皆、歯ぎしりして涙流して悔しがるぞ」
ほらな。ちゃかした言い方をしているけど、うれしい気持ちを隠しているんさ。ジイジの反応パターンも少しずつわかってきたわ。あたし、ジイジの情婦になりつつあるみたい。

「わあ、楽しそう。クリスを仲間外れにしないでよ」
「ジャネットは、パコのアパート、一人で払う余裕はないから、決まりだな」

「アドリアティコのリメディウス・サークル近くに新しいコンドミニアム、できたんだ。ああいうところに住みたいなあって、ずっと思っていたの。でも、すごく高そうなんだ」
ジイジ、そのくらいの経済力はあるのも見通して、言ってみたの。あたしって、やり手なのよ。
「よ~し、明日、皆で見にいこう」
ジイジ、決断が早い。私とのセックス、よっぽど気に入ったのかな。でも、順当に考えて、クリスと暮らすのがうれしいんだな。あたし、馬鹿じゃないから、それくらいの判断くらいできるわよ。

「で、私とジャネット、キアポのエクスタシーをもう止めようと思うの。昨日、マビニの日本人がよく使う高級クラブに面接に行ってきたんだ。二人とも、一発でOKさ。何時からでもいいから来てくれって言われたわ。クリスのお姉さんの働いているお店にも、今度、面接に行こうかと思っているんだ。クリスが言うには、あそこ、働きやすいみたいだからな」
「仲間がいるから、すぐに手を切るわけにはいかないけど、ナイト・ピクニックで客をとるのも、だんだん減らしていこうとも思っているんだ」
「あたし、アイアンとジャネットがいないなら、ナイト・ピクニックに行かないわ。あたしもクラブで一緒に働きたいけど、年齢的に雇ってくれるわけないしな」

「パパの日本での銀行預金が送られてきたんだって。150万ペソほどあるから、当面の家族の生活費とママの病院代、稼ぐ必要なくなったの」
「クリス、よかったな」
どうせ、ジイジが出しているに決まってる。クリス、勘がいいのに、まだ気づかないのかな。
「コーラおばさんも、そろそろ日本に行くんだ」
「日本でコーラおばさんとステファニーおばさんの二人、働くことになるから、生活費の心配はもうするな。ハイスクールに戻れって、昨日、コーラおばさんにきつく言われたんだ。よく考えたんだけど、今回は、いつも反抗していたコーラおばさんの言うこと聞こうと思うの。アイアン、どう思う?」
「クリスが売春を始めたのは、ママにだけ売春させて、生活するのが、つらかったからだろ。そこのところが解決したんなら、もう身体を売る必要ないんじゃないかな。これからは好きな男だけと、セックスを楽しむんだな」
「ジイジ、どう思う?」
「アイアンと同じ意見だ。クリスはもう十分に努力した。大人の汚い世界も経験して、人間的にも成長したと思う。人に頼ることのできるときは、頼ることも、人生の大切な選択だと思うな」
「二人の意見を聞いて、クリス、決めたよ。ハイスクールに戻る。二人のこと、一応、尊敬してるんだからな」
「クリス、『一応』は余計だ。本当に素直じゃないんだから」
「はい、はい。アイアン姉さんも、そのパトロンさんも、とて~も、尊敬しておりやす。これでいいか?」
「まあ、いっか。クリス。もうどれくらい、学校に行ってないんだ?」
「かれこれ、3ヶ月かな」
「クリス、頭がいいから、すぐ取り戻せるよ」
「私もアイアンみたいに大学に行って勉強したいんだ。だから、頑張る」


「このコンドミニアム、管理費は高いけど、セキュリティがしっかりしている。住民の許可なしでは、部外者は絶対に入れないんだってさ。クリスが問題起こしているときだけにとてもいいんじゃないかな」
広いファミリールーム、2人用のメインの広い寝室、狭い個室寝室2つ、キッチン1つ、バストイレ2つ。
「クリス、こんな立派なところに住むの、始めてよ。なんだか怖い感じがする」
「それで、あたし、いくら出せば、いいの?」
ジャネット、恐る恐る、尋ねる。
「何、言ってんだよ。何も出さなくていいの。パトロンのジイジが出すに決まってるだろ」
「でも、アイアンのパトロンだろ」
「ジャネットとクリスは私の居候。感謝しろよ」
「アイアン、有難う」
クリスは素直だ。
「でも、なんだか変だな」
ジャネットは事情を知っている。
「ジャネット、深く考えるなよ」

「入居手続きは全部済ました。明日からでも住めるぞ」
ジイジがうれしそうに笑いながら言う。
「で、寝室の配分のことなんだけどな」
あたしは切り出す。重要なところ。うまくクリスを納得させなくちゃ。
「メインの寝室にジイジとあたしが寝るのが順当なところなんだけど、あたし、夜、遅くまで、勉強することも多くなるんだ。悪いけど、個室寝室、もらえないかな。ジイジがセックスやりたくなったら、あたしの部屋に来てやるってことにしてくれないか。そして、もう一つの個室寝室は、年齢からいって、ジャネット。広い眺めのよいメインの寝室はジイジとクリスに使ってもらう。どうかな?」
「私は賛成。異議なし」
「アイアンやジャネットだと、見ているだけでむらむらしてくるから困る。クリスだとそんな気も起こらん。賛成だな」
二人とも、あたしの意図を汲み取ったみたい。
「何よ。あたしを子供扱いして。癪だなあ。でも、皆がそうするって言うなら、それでいいよ。アイアン、ジイジを奪っちゃうかもしれないぞ」
「やれるものなら、やってみろ。まだまだ、クリスなんかに負けないさ」


人生ってやつは、一筋縄ではいかないのね。 
人生が順調に廻り始めて、将来に展望が見えてきたばかりだというのに、とんでもない事態がが待ち構えていたんだ。
予定日になっても、生理が来ない。微熱が続き腰が痛く、すっごく眠かったんだ。
もしやと思って、妊娠検査薬で調べると陽性。
あわてて、産婦人科に駆け込むと、妊娠2ヶ月だって。
そんじょそこらのことで、心がへこまないあたしも、今回ばかりはへこんんだわ。眼の前が真っ暗になった。


逆算したら、あいつしか、いない。
あいつ、マサキ。22歳。東京の慶蹊大学というところの学生なんだって。

他のお客とは、きっちりコンドームを使ったわ。
あいつのときだけ、コンドームを持っていなかった。
外出しがいけなかったんだわ。口の中に出せばよかったんだ。
でも、あいつ、望まなかったし、あたし自身がそれをしたくなかった。
あいつのこと、好きになっていたんだもの。
若い男を好きになるなんて、ずっとなかったから、気の緩みよね。
あたしがいけなかったんだわ。

3日間、ミンドロ島のプエルト・ガレラに行ってきたの。
クリスの友達の翔太の紹介だったわ。マサキ、始めはお客だったのよ。

「翔太、俺は軟派なんかお手のものだけど、ケンジは相変わらずの女性恐怖症。いまだに、女性経験がないみたいなんだ。そろそろ、セックスの愉しみを味わせてやらないと可愛そうだ。俺達で算段してやろうよ。女を知れば、きっと絵の方にも変化が出てくると思うんだ。あいつの絵、訴えてくるものあるのに、暗過ぎるもんな」
「だから、確実にセックスをやれる売春婦。それも心の優しい売春婦を島に連れていきたいんだ。お前の友達の若い可愛い売春婦に紹介してもらってくれないか」

で、クリスが白羽の矢を立てたのは、もちろん、あたしじゃないわ。母性本能に満ちた、優しいジャネット。当然よね。あたしはつきあいで、遊び人のマサキの方の相方となったの。
4人でミンドロ行きの船に乗ったのよ。
それが、あたしの恋の始まり。その遊び人に夢中になっちゃったの。
遊び人というから、チャラチャラした自分本位の生意気な男を想像していたの。
全然違ったわ。物腰の柔らかな、レディ・ファーストが自然に身についたハンサムな若者だったの。あたし、そんな若者に出会うの始めてだった。売春婦だと知っているのに、低く見るところはこれぽっちもなかったわ。私を淑女のように扱ってくれた。あたし、舞い上がっちゃったわ。3泊4日の旅が、今までの人生で一番楽しい思い出になったみたい。

一方、ジャネットの方は、男が恋に落ちたのよ。
ジャネット、優しく優しく、手ほどきしたみたい。もちろん、セックスのよ。
一日目は、いくら誘っても、二人は部屋から外に出てこなかった。

「何をしてるんだ。あいつら」
「さあ、わからないわ」
「ケンジ、始めてみたいなんだ。夢中なんだな」
マサキ、うれしそうだった。
あたしも、うれしくて、楽しくて。あたしの持ってる秘術を全部、出し尽くしたわ。
「君って、淑やかな顔をして、ベッドに入ると、すごく激しいんだな。俺、こんなに満足したの、始めてだよ」
「そう、あなたが上手に導いてくださるからよ」
二人とも、十二分に満足。後は、抱き合ってお互いの顔を見つめ合っていたわ。

最初の晩、4人で食事したとき、ケンジのジャネットを見る眼差しがすっかり変わっていたの。
うっとりとした、夢をみているような恋する男の目つき。
最後の晩、ジャネットは、ケンジに結婚を申し込まれたそうだ。
さすがに、マサキもあたしも、あっけにとられてしまったわ。


産婦人科からどうやって帰ったのかも、覚えていやしない。
部屋のファミリー・ルームにやっとのこと、たどり着いた。ジイジはパソコンに向かい、クリスは机で本を読んでいたと思う。ほとんど、何も覚えていないの。

「ジイジ、クリス、あたし、もう駄目。あたしの人生、終わったわ」
真っ青な顔をして、今にも倒れそうだったらしい。
「どうしたんだ? アイアン」
「アイアン、どうしたの?」

「あたし、妊娠したの。もう、大学が続けられない。ジイジに借りた授業料も無駄になっちゃった」
「アイアン、相手は誰?」
「クリス知っているよね。たぶん、ミンドロに一緒に行った、あのハンサムな日本人の若者だと思う」
「ジャネットの方は毎日のように電話かけてきているのに、あいつ、3回、電話かけてきただけでそれっきりよ。振られたのね。遊ばれたのね。あたし、売春婦だから、遊ばれたと思うのもおかしいか」
「産むの?」
「もちろんよ」
「人工中絶が禁止されているからって、理由だけじゃないわ。私、この仕事をし始めたとき、決意したの。避妊には最善を尽す。でも、間違って妊娠しても子供は堕ろさないって。客もその基準で選んでいたわ。だから、私は、いくらお金を積まれても、変なお客は拒絶してきたでしょう」
「そうよね。アイアンは頑なだった。顔のいい、性格の良さそうな男だけ、相手にしていたものな」
「少なくとも私の分身よ。たとえ、間違ってできた子だとしても、私の十字架として、生涯、背負って育てていくわ」
「クリスも同感。堕胎はすべきじゃないわ。神様がくださった命。私達に殺す権利はないよね」

「ジイジ、どうしたら良いと思う?」
「アイアンがよく考えて、自分が正しいと思った道を取るのが一番いいんじゃないかな」
「ジイジ、ごめんなさい。せっかくパトロンになってもらって、新しい人生が始まると言う矢先に・・・ 私、申し訳なくて、申し訳なくて・・・」
「アイアン、そんなこと、気にしなくていいんだよ」
私、涙が出てきそうになった。あわてて自室に駆け込んだわ。
外出着を脱いで、すぐベッドにもぐりこんだわ。涙が次から次へと出てくるの。声を殺して泣き続けたわ。


「アイアン、起きてるか?」
珍しく、ジイジが私のベッドにもぐり込んでくる。私は、スッポンポンの丸裸。涙も枯れ果て、呆けた状態で寝ていたわ。

「アイアン、私は君のパトロンだよな。本物のパトロンは、恋人が窮地に陥ったとき、力になって立ち上がるのを手助けしてやるもんだ。今は、甘えられるだけ、甘えなさい」
「ジイジ! ジイジ! 好きよ! 好きよ! 大好き!」
ジイジの首筋に武者ぶりついていた。枯れたはずの涙が、またとめどなく出てきたわ。
「明日にでも大学に休学届を出してきなさい。1年間は、出産と育児に専念しなさい。それから、余裕が出てきたら、また、大学に戻ればいい。クリスもジャネットもシングルマザーのアイアンをきっと助けてくれるよ。もちろん、私も出来る限り、助ける」
あたしは、心の広い、真摯な態度の大人の男というものの存在を知ったわ。
涙が次から次と出てきて、私の顔、見られたものでなかった。クールで取り澄ました私って、虚像だったのね。でも、ハチャメチャな私を晒し出して、とても気持ちよかったわ。ジイジにだったら、少しも恥ずかしくなかったの。

「ジイジ! ジイジ! どうしてそんなに優しいの! ジイジがパトロンでよかった!」
「ジイジが本当のおじいさんなら良いのにって、ずっと、クリスのこと、妬いていたの!」 
「でも、でも、ジイジは、パトロンでも、こんなに優しいんだから! 全然、構わない!」 
「有難う! 有難う! ジイジ! 有難う! あたし、明日から、またいつものように生意気に生きていくわ!」

「アイアン、いいんだ。それで、いいんだ。人に頼ることのできるときは、頼ることも人生の大切な選択なんだから」

「ウワァ~ン。ウワァ~ン。ジイジ! ウワァ~ン。ウワァ~ン。好きよ! ウワァ~ン。ウワァ~ン。ジイジ! ウワァ~ン。ウワァ~ン」
気がついたら、私、ベッドの上に座り込んで、ジイジにしがみつき、大声をあげて泣き叫んでいた。こんな醜態、他人に見せたのは始めてよ。
上半身は、豊満な乳房、丸出し。下半身はノー・パンティーで、茂み、丸出し。

「ウワァ~ン。ウワァ~ン。ジイジ! ウワァ~ン。ウワァ~ン。 好きよ! ウワァ~ン。ウワァ~ン」

隣りのファミリールームでは、クリスと、仕事から帰ってきたばかりのジャネットが顔を見合わせて、あっけにとられていた。

「ウワァ~ン。ウワァ~ン。ジイジ! ウワァ~ン。ウワァ~ン。好きよ! ウワァ~ン。ウワァ~ン。ジイジ!」
                   ----------第6話 終了----------
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# by tsado16 | 2013-06-25 09:52 | 賭け